ペナルティ関連でアレコレ物的雑務が発生し、そちらに心をもっていかれながらも「ベールの彼方の生活 3巻」の全文見直しを完了させてあります。まずは明日のグラデーション撮影に集中し(これは僕にとってもう仕事ですのでしっかり撮ってこなければいけません)帰還後の長文ブログを根性で撃ち切り、それからhtml整形をおこなってUPとなります。

今日は僕の心の動きにおかしなものがありまして、霊団への反逆の思念、怒り憎しみの気持ちが心から消えていくような感じでした。どうも今までより強力な“操作”をされているような感覚があります。僕の怒りの気持ちが引っ込む訳がありませんからね。ただ霊的知識的に言えば「操作されて本望」という事になるのですが、このお話はまた今度。

物的雑務、まだ当分続きそうです、早く決着ついてくれ、ホントにウンザリ。やるべき作業は鬼のように地獄のようにあるっていうのに。ん?このペナルティも「スピードダウン」で霊団がやってきたとでもいうのか。だとしたらやりすぎだよいい加減にしてくれよ、っとと、一旦切ります(祈)†

「何であたしがこんな重荷を背負わなきゃいけないの?」シルキーが悪用されるという意味です(祈)†■2021年11月24日UP■
「何であたしがこんな重荷を背負わなきゃいけないの?」シルキーが悪用されるという意味です(祈)†
僕を殺して口を利けないようにしてからシルキーを盗む、という意味で間違いないものと思われます。この「家族の一員に」というのは「デ〇〇ニー」の事を言っているような気がしてなりませんが。つまりデ〇〇ニーが僕の反論がない状態でシルキーのキャラクターを完全に書き換え霊的意味を完全に抜け落ちさせ、シルキーが我々のキャラであると世界中を洗脳する作品を発表する事によって僕、たきざわ彰人の存在を世界中の人間の脳内から消させる、という意味ではないかと思われます。そしてトランス時に霊団が見せてきた映像で、シルキーが「何であたしがこんな重荷を背負わなきゃいけないの?」とすごいイヤそうにしていたのです…続きを読む→
【霊団からの緊急警告】文仁が僕の殺害決行を決断した模様です。簡単にやられるかよ(祈)†■2021年12月31日UP■
【霊団からの緊急警告】文仁が僕の殺害決行を決断した模様です。簡単にやられるかよ(祈)†
自分を殺す事を決断した文仁と笑顔で撮影をして国民にそれを発信し続けるピーチピチ(佳子)に、僕はただただ閉口するのみです。そこまでして邪悪の人生を守り抜きたいのか、奴隷の女の子を強姦殺人し続ける事を手伝い続ける地上人生を送って帰幽した先に地獄が待っている事がまだ分からないのか。一体何をどう説明したら分かってもらえるのでしょう。閉口中…続きを読む→
霊関連書籍ムービー化『母と子の心霊教室 - 不思議な心の世界』第1章「人間」とはなんだろう(祈)†■2022年1月27日UP■
霊関連書籍ムービー化『母と子の心霊教室 – 不思議な心の世界』第1章「人間」とはなんだろう(祈)†
エーテル体はふつうの眼(め)では見ることができませんが、肉体とそっくりの形をしていて、いつも肉体といっしょに動きます。生まれたときも肉体とおなじ大きさで、肉体が成長するにつれてエーテル体もいっしょに大きくなります。ただエーテル体には肉体にまねのできないふたつの大きな特徴(とくちょう)があります。第1は、けっして年をとらないことです。すなわち、肉体は年をとるとしだいに元気がなくなってきますが、エーテル体はいったん形ができあがるとけっして年をとらず、いつまでも若々しく元気にあふれています。第2の特徴(とくちょう)は、いつも完全であることです。すなわち、肉体はけがをすると傷(きず)あとができたり、事故のために足を折るとそのまま一生涯(いっしょうがい)不自由になってしまいますが、エーテル体はけっしてそういうことがないのです…続きを読む→

ナザレでは、ヨセフの家は栄えて豊かであると、もっぱらの評判であった。それは、マリヤが気の毒な人々に心から親切にしていたからである。しかし村の人々が考えているほど楽な暮らしではなかった。乞食がやってくると、マリヤは手ぶらで彼らを去らせることはなかった。

次男のトマスは、今では一家の大黒柱であったが、母が乞食に親切であることに文句を言った。イエスが荒野に行ってしまってからというものは、貧者の手助けをすることによって自分を慰めていた。

そのために、マリヤは生活を切り詰め、食べ物さえもろくにとらず、本当に飢えている人々に与えようとするのであった。その上、夜おそくまで機(はた)を織り、町からやってくる行商人に買ってもらい、小銭をためては病人や困っている老人に救いの手をさしだすのであった。

ガリラヤの女たちは、中年になると太ってくるが、マリヤは例外で骨が見えるほど痩せていた。それで働きすぎたときなど、空腹でしばしば倒れるのであった。そのたびにトマスは小言をもらすのであるが、母はやさしく言うのである。

「ねえトマスや、ガリラヤの人々はみんなひとつ家族なのだよ。たとえ乞食であろうと、従兄弟のように思わなくちゃね。おまえもよく知っているだろう、血を分けた者が飢えていたり、ボロをまとっていたら、助けてやるじゃないか」

トマスは言った。「だけどね、お母さん!おれたちが稼いだものは、うちの家族のためにとっておかなくちゃ!凶作のときのためにもね」マリヤは言った。

「前にイエスが家にいた頃にこんなことを言ってたよ。『明日のことを心配することはない。明日は必ず何とかなるものだよ』てね。それからまた草むらの中から一本の白い花を抜き取ってみせて『ほら!この花を見てごらんよ!天の御父がすべての生き物を養っていて下さることが分かるだろう。神への信仰があれば明日のことをくよくよ考えなくてもいいんだよ』とも言ってたよ。

そのときはまったく馬鹿な女だったからイエスの言ってることが分からなかったのさ。でもね、いまになってそのことが分かってきたんだよ。すばらしい真理なんだよ。『我々はみんなひとつの家族、そして我々はその枝である』ってね」

マリヤは最後の言葉を何度も繰り返し、溜め息をつきながら言葉をきった。トマスはイエスへのねたみを感じながら言った。

「おやじが寝こんでから、もう4年にもなるんだぜ!手足が動かず、ベットから起き上がることもできないんだよ!僕も弟のヤコブも一生懸命はたらいて、おやじの面倒を見、家族を支えているというのに、兄貴は家出して家のために何ひとつしてくれないじゃないか。家族のことをほったらかしにするような浮浪者なんかどうでもいいじゃないか!」

マリヤはトマスのねたみを感じながら言った。「トマス、よくお聞きよ。おまえの父ヨセフの職業は立派で、とても繁盛していたじゃないか。それをそっくり引き継いで働かせてもらっているのはお前とヤコブだよ!しかもこの家から長男イエスを追い出したのはどこの誰なのさ!おまえじゃないか!

あのときにお前が父さんに言ったことを覚えていないのかい!〔僕をとるか、兄貴をとるか]と父さんに迫ったのはお前じゃないか!母さんはね、今でもイエスがどこに居るかが分かれば飛んで行きたいのよ、ティベリヤでもどこでも行きたいんだよ!

イエスはね、この家から離れたくて出ていったんじゃないんだよ、お前が追い出したんだよ!腹黒いナザレの大先生(律法学者)のワナにかけられた時も、イエスはガリラヤから出ていったんだよ。村じゅうの人々からこっびどくやられたのはイエスのせいじゃないことは分かっているんだよ。

トマスや、よーくお聞きよ!私の長男イエスはたしかに変わり者で、ときどき変なことを口走ることがあったよ。でもね、このことに関しては(イエスの家出)イエスが本当に家族のことを思っていたからだということを考えてみるんだね!」

トマスは口をとがらせながら言った。「母さんはイエスのことを1番愛している。僕なんか母さんのためにどんなに働いても、いつも2番目なんだから」「馬鹿な子ね!おまえも本当に良い息子として愛しているのに。でもね、だれも風向きを変えられないように、霊のおもむく愛の方向を変えることができないんだよ」

マリヤは心おだやかに言葉をむすんだ。トマスは腹をたてながらも母の言うことには何ひとつ逆らうことはできなかった。幸いイエスが家に戻らないので、彼は内心満足していたことも事実であった。

しかしいったん心の内に芽生えた憎しみというものは、雑草のように大きく成長するのである。憎しみの感情を少しでも和らげるために、まだ成人していない弟セツに当たり散らすのであった。セツはまだ16歳の少年でどこか風采がイエスに似ていた。

それでセツを見ていると、どうしても兄のイエスのことが思い出され、セツに八つ当たりするのである。トマスにはサラという妻がいて、家族のことはみんな彼女にまかせていた。サラは生来の怠け者で、いつもゴタゴタの種であった。

まるで草むらにひそんでいる蛇のように残酷であった。おしゃべりで、いつも不平をならし、夫のトマスをそそのかしては、庭つきの大邸宅に住みたいとうるさくせがむのであった。夫のトマスは友達に借りた金を返済するために、がむしゃらに働かねばならなかった。

ある日のこと、弟のセツがトマスのところにやってきて、ルツという女の子と結婚したいと言い出した。ルツは貧しい未亡人の娘であった。トマスは、まだ見習い期間中だから、あと2年間働かねばならないと言った。更にまた、借金があるうちは、これ以上家族の人数をふやすわけにはいかないとも言った。

セツは言った。「僕はもう子供じゃない。1人前の男として自分が決める権利があるんだ。両親さえ許してくれれば僕は結婚したいんだよ」そこでトマスは、ふせっている父ヨセフのところに行き、セツの結婚を許さないように説得した。

しかしマリヤは言った。「私は結婚の邪魔はしないわよ!そんなことをすればセツは家から出て行って、それはひどい暮らしを始めることになるわよ。彼のような若い者には、とても辛い世間だからね」

マリヤには、トマスがイエスを追い出してしまった苦々しい思い出が鮮明に焼き付いていた。またもやセツまでも家から追い出してしまうことは絶対にしたくないと思った。その夜マリヤはセツを説得したが、セツはどんなに頼んでもあと3箇月なら待ってもよいが、トマスの言う2年間はとても無理だと言い張った。

マリヤの生涯には心配が尽きず、ついにセツは家を出てルツと結婚すると宣言したのである。マリヤは、セツには生活力が乏しいので家族を支える力のないことをよく知っていた。それからは、マリヤにはいつも休まる時が与えられなかった。ちょうどその頃、イエスは砂漠からガリラヤへ向けて旅を続けていたのである。

「何とでも作って頂いて結構です」絶版した霊関連書籍の復刊を許可する思念ですが…(祈)†■2022年8月3日UP■
「何とでも作って頂いて結構です」絶版した霊関連書籍の復刊を許可する思念ですが…(祈)†
霊団は僕が殺されないように防御しているようだが、それはつまり「宇宙一のバカ」大量強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁を滅亡させる事に全然本気ではないという事になる。奴隷の女の子の存在を「宇宙一のバカ」大量強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁と同じ「視点外し」という手段を駆使してまで忘れさせようとしている、つまり女の子たちを完全に見殺しにするつもりでいる。支配霊バーバネル氏は僕という霊媒を使うつもりでいるようだが、僕はもう全く信用しておらず「絶版した霊関連書籍の復刊」の作業に本腰を入れる事となった。復刊が霊的知識普及のベストルートだと信じる。…続きを読む→
「完全に離れさせる」僕を使命遂行から離す、危機を回避させるという意味です(祈)†■2022年11月30日UP■
「完全に離れさせる」僕を使命遂行から離す、危機を回避させるという意味です(祈)†
奴隷の女の子たちの悲劇の惨状の認知、そして霊的知識普及活動がだいぶ進行した事に対する、霊団の一定の評価の言葉と受け取っていいのかも知れません。もっと突っ込んで言えば「宇宙一のバカ」大量強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁の邪悪の正体を公言する仕事は、霊界側からすれば「どの霊能者にお願いしてもやってくれなかった仕事」なのでしょう。それを僕がやってくれたので感謝しているという意味もたぶん含まれているのではないでしょうか。もっとも「そう言うセリフは結果に到達させてから言ってくれ」と僕は言いたいですが。霊界上層界から霊眼で物質界を見下ろした時、今まで「宇宙一のバカ」大量強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁の洗脳に完全にやられていた多くの人間が真実に目覚めていく様子がつぶさに観察できるのでしょう、それで「感謝」という言葉が出てくるのだと思いますが、物的肉眼には全く何の変化も映りません…続きを読む→

全くクロッキーにメモさえできない意味不明の幽体離脱時映像を延々見させられました。ブログネタらしきものが全くありません。先週のモノと合わせて2週間分のインスピレーションがあるはずなのですが、それでも若干枯渇状態です。さぁどう撃つか。

「ベールの彼方の生活 3巻」テキスト見直し95%完了中、「ベールの彼方の生活 4巻」の見直しも始めています。自動書記テストも続行中ですが全く文章が綴られる気配すらありません。しかしそれでも続けるより他にどうしようもありません。

ここのところ霊聴に知らない人間があいさつしてきたり、霊視に知らない人間の顔が見えたりという事が多発していますが、これが「自動書記実行メンバー」で、現在準備中という意味だと有り難いのですが。新規の霊言が降ってきさえすれば、僕はそれを全力で書籍化します。準備は整いまくってます。その日が来るのかどうか。

語りたい事はありますが一旦止めましょう。まずはOCR変換テキストの見直しに集中中(祈)†

「ゾウです」永遠の視点では勝者だが物質界生活中は最悪をやらされるという意味です(祈)†■2023年3月22日UP■
「ゾウです」永遠の視点では勝者だが物質界生活中は最悪をやらされるという意味です(祈)†
聖書には真実でない事がたくさん書かれています。人類史上最大の汚辱と言っても過言ではない「ニケーア会議」の時に様々なウソが聖書に書き加えられ、そのウソが世界中に広まっていき、イエス様の2000年の苦悩へとつながっていったのです。キリスト者はイエス様の御名を悪用して私腹を肥やす事を2000年にわたって続けてきました。特に中世ヨーロッパの暗黒時代が最悪で、キリスト教の要職についていた人間たちは、自分たちの地位、生活を守るために真実を公言する人間を徹底的に処刑してきました。キリスト教の人間が「主よ、主よ」とイエス様の御名を連呼する時、それはイエス様に対する最大級の侮辱であり、イエス様の悲しみをさらに増幅させ、積年の誤謬(ごびゅう)を払拭するどころかさらに加速させ続ける、イエス様をさらに十字架にかけ続ける許されざる呪いの行為となります。僕、たきざわ彰人からお願いしたい事としましては、間違いだらけの聖書を読むのはやめましょう。「シルバーバーチの霊訓」を筆頭とした正真正銘の霊関連書籍に目を通すようにしましょう。そして教会に足を運ぶのもやめた方がイイでしょう…続きを読む→

以前から存在していた2巻のページを丸々書き換えてのUPです、URLは以前と同一となります。これまで欠落していた章が全て埋まっているのがお分かり頂けるでしょうか。こういう感じでシルバーバーチの霊訓全12巻を完全テキスト化させます。OCR変換の誤変換部分が本文内に残っている可能性がありますが、どうか細かい部分はご容赦下さい。

本当にこのテキストとの格闘は過酷の極致で日々悶絶していますが、僕という霊媒は機能しない、新規の霊言は降らないという前提で動かないといけませんので、物質界に残されている限り「絶版状態の霊関連書籍の復刊に向けたテキスト化」を続行させます。霊的知識普及の使命遂行という目的に照らし合わせれば、もうこれをやるより他にどうしようもないからです。

復刊できる見通しは現時点で全くのゼロですが、ひとつだけ試してみたいアイデアがあります、どこかのタイミングでそのアイデアをテストするかも知れません。そのアイデアが成功して復刊が実現する確率はもちろん0.0001%以下となります。もちろんそうです、著作権者、著作隣接権者と連絡が取れないのですから。

そして実はお勉強用としてひとつ「中古の雑誌」を入手したのですが、この画像使用量がハンパない。この1冊を完成させるのに一体どれだけ撮影してるんだ。たぶん使用したのは撮影量全体の10~20%ぐらいで残り80%は未使用のはずですから、そう考えると7000~10000枚くらい撮影してるんじゃないかと予測します。

恐ろしく気合の入った雑誌、作り込みのレベルがスゴイと思いましたが、なぜこの雑誌を見たかというと、僕という霊媒がもし発動したとして、その新規霊言をどういう体裁で書籍化するかをお勉強する目的だったのです。

で、確かにこの雑誌はスゴイ、しかし僕が霊言書籍を刊行する場合は気合を入れるポイントがそこじゃないと思いました。僕は本文に気合を入れないといけませんのでこのようにビジュアルで勝負する本を参考にしてはいけないでしょう。とはいえ本当に参考になりました。イイ気合を見せて頂きました。

さぁもう次回長文ブログの事を考えないといけないのですが、霊団から受けたペナルティが尾を引いて頭の中がカラッポ気味です。しかし2週連続で残念な状態になる訳にはいきませんから何とか撃たないといけません。インスピレーションはあるにはあるのですが、撃てネィよそんなもん、のオンパレード。さぁどぉするか。

イヤな事ばかりなので精神衛生目的でフラーのストーリーを描くかも知れません。絵を描いている時が1番心が落ち着くからです。この11年間ずっと霊団にムカつかされっぱなし、こんな人生があってたまるか。本当に頭にきてるんですよ。ハァァため息ばかり(祈)†
「出版社」霊団が僕に「サイキック・ニューズ社」をやれと言ってきているのです(祈)†■2023年5月17日UP■
「出版社」霊団が僕に「サイキック・ニューズ社」をやれと言ってきているのです(祈)†
出版社を立ち上げる事自体はすごく簡単です。ISBNを取得するだけで、どこぞに申請を出すとかそういう必要もありません「僕、今日から出版社をやるわ♪」と宣言すればそれで出版社が立ち上がった事になります。出版業ほど興すのが簡単で継続の難しい事業はない、という言葉もあるようです。僕はAmazonでの電子書籍制作の経験もあり、元々デザインの人間ですのでその手の作業に全く抵抗がなく、電子書籍のみならず紙の書籍のデータ制作も全く問題なくおこなえます(AffinityPhotoおよびAffinityPublisher使用)さらに僕はムービー制作能力も有しており、さらに「字幕(.srt、.vtt)」も扱えます。つまり僕という霊媒から降った霊言をムービー化してYouTubeにUPする作業も全てひとりでおこなえるという事になります。とにかく僕という霊媒から霊言が降ってくれば、ありとあらゆる方法でその霊言を拡散させるスキルを僕は所有しているという事です。…続きを読む→
「行為のひとつひとつに責任を取らされます」僕の人生はやはりカルマの解消なのでは(祈)†■2023年5月3日UP■
「行為のひとつひとつに責任を取らされます」僕の人生はやはりカルマの解消なのでは(祈)†
イエスは死を超越した真一文字の使命を遂行していたのであり、磔刑(はりつけ)はその使命の中における1つの出来事に過ぎない。それが生み出す悲しみは地上の人間が理解しているような“喜び”の対照としての悲しみではなく、むしろ喜びの一要素でもある。なぜならテコの原理と同じで、その悲しみをテコ台として正しく活用すれば禍転じて福となし、神の計画を推進する事になるという事でした。悲劇をただの不幸と受止める事がいかに狭い量見であるかは、そうした悲しみの真の“価値”を理解して初めて判る事です。さてイエスは今まさに未曾有の悲劇を弟子たちにもたらさんとしておりました。もし弟子たちがその真意を理解してくれなければ、この世的なただの悲劇として終わり、弟子たちに託す使命が成就されません。そこでイエスは言いました「汝らの悲しみもやがて喜びと変わらん」と。そして遂にそうなりました…続きを読む→

日の出と共にイエスは旅仕度をととのえ、沈黙のぬしに礼を言って、別れの挨拶をした。この時の2人にとって、もはや別れの悲しみはひとかけらも感じられなかった。聖なる雰囲気が2人を包みこんでいたからである。昨夜の不思議な体験が2人の魂をまったく1つに結びつけてしまったのである。

イエスの姿が見えなくなってから、隠者は例の崖のふちへ行き、北の方向に広がっているガリラヤ地方に手をのばし、何時間も長いあいだ祝福を続けていた。沈黙の誓いを守る期間中であったので、彼は喜びと感謝の気持ちを言葉であらわすことができなかったからである。暑い陽がさしこむ昼頃になって、ようやく神への感謝と賛美を終えた。

イエスは山から谷間に降りてゆき、歌をうたいながら自由の身になったことを喜んだ。道すがら珍しい花を見ては、その形の美しさに驚嘆した。彼は鳥に向かって話しかけ、鳥もイエスの甘い澄んだささやきに聞きほれるのであった。イエスは時々笛や歌声で鳥に応えることもあった。彼は喜び勇んで旅を続けた。

1人の少年が旅の仲間に加わった。まだ14歳にもならない子供であったが、ガリラヤのことをあれこれと語ってくれた。この時の少年にはまだ知るよしもなかったのであるが、将来イエスの70人弟子の1人に加わることになるのである。

この少年とは道の曲がり角の所で別れた。昼近くになった頃、ベトエルという名の旅人と出会った。彼はちょうどエルサレムへ巡礼に行くところであった。ベトエルの目的は、捧げ物を奉納してから、1人で荒野に行き、断食と祈りをしながらメシヤ(救世主)の到来を待つことであった。

イエスは昨日までの3日間を山の中に立て籠っている不思議な隠者のもとで過ごしてきたことを話して聞かせた。ベトエルは驚いて言った。「こりゃ驚いた!あの隠者と3日間も一緒だなんて!」

イエスは彼にたずねた。「どうしてそんなことを言うんですか」ベトエルはこたえて言った。「あの聖者は、目下沈黙の誓いをたてているので、だれ1人として彼に近寄ることができないんですよ。彼はこの地方では、とても偉大なお方として知られているのです。彼は罪も汚れも無い清いお方で、みんなから『イスラエルの希望』と言われているのです。私も彼の弟子の一人なのです」

イエスは更にたずねた。「名前は何とおっしゃるのですか」「ザカリヤという祭司の子供、ヨハネといいます。それが実に不思議なことがあったんだそうです。彼が生まれる時、偉大な人物が出現したことを顕す不思議なしるしがあったとか言われているのです。そんな訳で彼は非のうちどころのない青年時代をすごし、他の者のように誘惑にも負けず、いつも人里離れた所で清らかな生活を続けているのです」

イエスはすかさず言った。「あなたは、そのお方を何とお考えですか」「今は言えません。旅のお若い方、あなたの部族(イスラエルの12部族)も名前もうかがっておりませんが、このことはどなたにも言わないでいただきたいのですが」

イエスは絶対に口に出さないと約束すると、ベトエルは答えて言った。「実を申しますと、ヨハネは来るべきメシヤであると確信しているのです」「どうしてそれが分かるのですか」

「彼の力あふれる霊力といい、清らかな生活ぶりといい、それは実にすばらしいからです。それに今やイスラエルの回復のためにメシヤがおいでになる時が熟しているからです。」

イエスはこのことを耳にしてからは、ひとことも口を開かなかった。まるで鷲が岩の上に留まって、高い所から谷底を見つめ、鋭い観察をしているかのようであった。ベトエルは言った。

「あなたは一体どこからいらしたのですか。家族はどこにおられるのですか」ベトエルは同じことを3度も聞いた。イエスはゆっくりと口を開いて言った。「私はナザレの者です。私の母はそこに住んでいます」

ベトエルはすかさず言った。「ナザレには善人は1人もいないと言うじゃありませんか!」ベトエルの表情は次第に暗くなっていった。明らかにナザレ人と一緒に歩いているという不快感をあらわしていた。イエスは、ほほ笑みながら言った。

「霊は、思いのままにふるまいます。ですから、善なる霊は地域や部族などによって縛られることはありません。私の母などはナザレに居ながら、それは素晴らしく善良な女です。それだけではありません。ナザレの大部分の人々は実に正しい生活をおくり、エルサレムで名高い義人よりは、遥かにすぐれているのです。ナザレ人は、どちらかといえば、単純なのですよ、農夫ですからね」

ベトエルはすっかり度肝をぬかれてしまった。彼は愚かにも、汚れたナザレ人といううわさだけを信じ、そのような人間と一緒に旅をしてはたまらないと思っていたのである。自称聖人ベトエルは、どうしても一緒に旅をしたくないと言うので、イエスは「兄弟よ、神様の祝福がありますように」と言って、ベトエルから離れていった。

このあたりでは、旅人が休んだり眠ったりするのは、暑い真昼の頃である。盗まれるような物を持っていない時には、日没後も旅を続けるのである。月が上がり始める頃、イエスは快い眠りから目を覚まし、月光の中を歩き始めた。しばらく行くと一組の男女と一緒になった。

男は女の数メートル先を歩き、ずた袋を背負っていた。女は幼児をおんぶしながら、よろめくように歩いていたが、ついに倒れてしまった。彼らは砂漠の国境あたりからやってきて、すっかりやっれていた。女がしきりに「イサク!」と呼んでいた男にイエスが声をかけたが、そっけないそぶりを見せるだけであった。

幼児が泣き始めたので、後ろを振り向くと、女が倒れていた。イエスが駆け寄ってやさしい言葉をかけ、背中の幼児をおんぶしてあげようかと申し出た。イエスが幼児の顔をのぞいてニッコリ笑うと、子供はたちまち泣き止み、おだやかな顔になった。

イエスは女に水を飲ませ、幼児の面倒をみたので、女はすっかり元気をとりもどし、ポツリポツリと自分の身の上話を始めた。イサクと結婚して荒野の果てに、ひとにぎり程の土地を耕していたのであるが、凶作続きで悩まされていた。

悪いことは重なるもので、ある日のこと盗賊の一味がやってきて、彼らの小さな家に火をつけ、わずかな持ち物までもすべて奪われてしまった。その後も干ばつが続いたので、イサクはついに力が尽きてしまい、なんでも恵まれている王の都エルサレムに行こうと言い出したと語った。

イエスは溜め息をつきながら女に言った。「私は前に王の都に住んだことがあります。そこには飢えと不毛しかありませんでした。そこへいくと、ガリラヤには、暖かい人々がいて、しずかな緑野が広がっています。どうですか、私と一緒にガリラヤへ行きませんか。緑野は、ふんだんに小麦、オリーブ、ブドー酒を産んでくれます。あなたの夫はそこで仕事を見つけ、一家が食物と喜びに満たされるようになるでしょう」

2人の話は次第にはずんできた。荒野で生まれた娘の将来のことなどを話しているうちに、女の足も軽くなっていった。それから1時間もたたないうちに彼女は疲れを感じなくなってきた。

突然彼女の夫が立ち止まり、後ろを振り向いてイエスに子供を背中からおろすように命じた。イエスはその通りにしてから言った。「母親の体力が弱っていますから私におんぶさせて下さい」

夫イサクは妻に向かって、みだらな奴だとののしり、イエスの顔の左側を思いきりたたき、地上に倒してしまった。妻は夫にイエスを叩かないように哀願した。彼の顔がまるで野獣のように腫れ上がってしまったからである。

イエスはよろよろと立ち上がりイサクに言った。「兄弟よ!左の頬っぺたを叩いたように、右の頬っぺたも思い切り叩きなさい!それで気が晴れるのなら」
イサクは大声で叫んだ。

「おまえは臆病者の上に、おれの妻をたらしこもうとしてるんだろう」「とんでもない!私よりも弱りはてているあなたをぶちのめすことと、あなたが元気な私を叩くことと、どちらがたやすいと思いますか。私の霊が「他人の重荷を背負いなさい」と告げているのです。さあ、どちらがやさしいか答えてごらんなさい!」

イエスが話している間、彼のほほの裂け目から血が流れていた。きぜんとして彼に語りかけるイエスの姿を見ているうちに、この野蛮な男は路上にすわりこんでしまった。思いもよらないイエスの態度に驚いてしまったからである。同時にイサクは、イエスがただならぬ人間であることに気がつき、これ程汚れのない真っすぐな人はいないことを知った。

イサクは言った。「あなたは乞食のような格好をしておられますが、本当に勇気のある気高いお方です。とんでもない乱暴をしてしまいましたことをどうかお許し下さい」

イエスはほほ笑みながら、今までどおり子供をおんぶして歩き始めた。イサクはこれ以上イエスに迷惑をかけたくないと思っても、イエスがあまりにも陽気にふるまっているので、言い出すことができなかった。

彼らは、なおも旅を続けた。その夜は、ある馬小屋で一緒に寝ることにした。次の日も旅を続け、イエスは子供をおんぶして歩き、イサクの熱心な話に耳を傾けていた。イサクは小さな子供のときから親に叩かれ、飢えにくるしみ続けてきたことを語った。

死海の周辺の土地は干からびて、ほんのわずかな作物しかとれず、農夫はいつも食糧不足に悩まされ、死の恐怖にさらされているのだそうである。イサクは暗い声で言った。

「わずかな食糧をためておいても、いつも強盗がかっさらっていきます。だから私はだれをも信用しないどころか、近づいてくる者はみんな泥棒に見えるのです。それで近づいてくる者を叩きのめして自分を守るしかないのです。今も私はすっかりあなたのことを誤解して、妻の手から子供をさらっていくのではないかと思い、乱暴をしてしまったのです」

イエスはなるほどと思った。しかしイサクはなおもかたくなな性格を改めようとはしなかった。イサクは自分のいだいている夢を語った。「エルサレムには何でも豊かにあるのです。私はそこで仕事をみつけ、宝を手にしたいと考えているのです。私はなまけものではありませんから、朝から晩まで働きたいのです」

イエスは答えて言った。「エルサレムには、あなたのように夢見る者が大勢おります。彼らは1日中よく働いてもわずかな給料しか貰えず、家族のためにパンを買うぐらいしかないのです。それよりも、私と一緒にガリラヤへ行きましょう。

エスドラムロンの緑野が果てしなく広がっていて、そこから労働者たちは、くさるほど穀物の収穫を得るのです。ガリラヤの北の方へ行くと、ブドーやオリーブの実がたわわとなっているのです。あなたもそこへ行けば、宝物ではなく必要なもののすべてと喜びを見つけることができるでしょう」

しかしイサクは、妻がどんなに願ってもイエスの勧めを受け入れようとはしなかった。イサクには、いまだにエルサレムの宝のことがすてきれず、ついにイエスの手から子供を引き離し、エルサレムの方へ向かうといってきかなかった。

イエスはこの夫婦に暗い影がさしているのを見て心は重かった。ろくなめにあわないことが分かっていたからである。女はイエスに祝福の祈りを求めた。そして彼女は言った。「私たちは、この方が示して下さったすばらしい忍耐力をみならわなくちゃね!」

女は地にひれ伏し別れを告げた。イエスは手を挙げて祝福した。「女よ、この世では得られない平安がいつまでもあなたとともにありますように」

女は何も言わず夫のあとについて行った。イエスは突き出た崖の上に立って、彼らが歩いている姿を見ていた。この時は、夫が幼児をだいていた。イエスの霊力によって観察された夫婦の暗い影は、まことに凶事となって現れた。

エルサレムに行ったイサクには、彼のような農夫を雇ってくれるところは全く無かった。夫婦は力つき、幼児はついに病死してしまった。母親もひとかけらのパンも尽きて餓死してしまった。大勢の群衆の中にあっても、女は心隠やかに息をひきとることができた。それは、イエスの祝福のお陰であった。

■アナログ絵355「フラー25カラーリング」UP。長い長い地獄の旅でした(祈)†■2023年7月2日UP■
■アナログ絵355「フラー25カラーリング」UP。長い長い地獄の旅でした(祈)†
フラーのカラーリングの時はいつも同じ事を書いているような気もしなくもないのですが、このフラー25も本当にキビシイ機体でした。塗っても塗っても全く終わりが見えてこない無間地獄。フラー11ver2.0の悪夢が(最後まで塗り切れなかった)何度となくよぎりながら、何とか心を奮い立たせてAffinityPhotoと格闘し続けました。AffinityPhotoの再勉強をした方がイイかも知れません。何かしらスピードアップのヒントが得られるかも知れませんので。マクロだけじゃ足りない、もっと技が欲しい。今回のフラー25は特にカラーコンセプトも考えていなかったのですが、こうして塗ってみると、特にちょうちょちゃんは「ゴスロリ」といった“たたずまい”でしょうか。フラーをデザインし始めた初期の頃は霊団が「フラーのキット化」とか言ってきたものでしたが、もうそんな事は夢幻(ゆめまぼろし)のお話となっていて、キット化どころか僕は今にも殺される寸前という状況なのだそうです。塗っている最中にも決定的な事を言ってきています…続きを読む→
「何とも言えぬ光景だった」上層界から使命遂行を眺めての感想ですが、過去形で言うな(祈)†■2023年6月28日UP■
「何とも言えぬ光景だった」上層界から使命遂行を眺めての感想ですが、過去形で言うな(祈)†
「宇宙一のバカ」大量強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁が地獄に落ちるのは自己責任、アキトくんには何の責任もないし、キミが物質界生活中にこの者たちを滅ぼさなくても自動的に肉体が朽ちて帰幽して地獄に落ちるのだからどちらでも結果は同じである。奴隷の女の子たちに関しても自ら犯した過去の大罪の罪障消滅を目的として物質界に降下した人間なのだから、苦難の人生をやらされるのが当たり前(自己責任)それを助けてあげたら本人のためにならない、アキトくんの気持ちは分からないでもないが帰幽して我々(イエス様)と同じ視点から眺められるようになれば納得できるであろう。つまり「宇宙一のバカ」大量強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁を物質界生活中に滅ぼせなくてもそれは別にアキトくんの努力不足ではなく、奴隷の女の子を助けてあげられない事もキミのせいじゃない。我々(イエス様)は絶対的有利なポジションに立っているので、その人間たちをアキトくんの霊的進歩向上に大いに活用させてもらった…続きを読む→
「悔し涙を拭う必要はありません」これは帰幽後に悲しみが喜びに変わるという意味です(祈)†■2023年6月21日UP■
「悔し涙を拭う必要はありません」これは帰幽後に悲しみが喜びに変わるという意味です(祈)†
次第にあの土地の光輝と雰囲気が馴染まなくなり、やむなく光輝の薄い地域へと下がって行った。そこで必死に努力してどうにか善性が邪性に勝(まさ)るまでになった。その奮闘は熾烈にしてしかも延々と続き、同時に耐え難く辛き屈辱の体験でもあった。しかし彼は勇気ある魂の持ち主で、ついに己れに克(か)った。その時点において2人の付き添いに召されて再び初めの明るい界層へと戻った。そこで私は前に迎えた時と同じ木蔭で彼に面会した。その時は遥かに思慮深さを増し、穏やかで、安易に人を軽蔑することもなくなっていた。私が静かに見つめると彼も私の方へ目をやり、すぐに最初の出会いの時のことを思い出して羞恥心と悔悟の念に思わず頭を下げた。私をあざ笑ったことをえらく後悔していたようであった。やがてゆっくりと私の方へ歩み寄り、すぐ前まで来て跪き、両手で目をおおった。鳴咽(おえつ)で肩を震わせているのが判った。私はその頭に手を置いて祝福し、慰めの言葉を述べてその場を去ったのであった。こうしたことはよくあることである。†…続きを読む→

まずは「シルバーバーチの霊訓 2巻」のhtml整形に入ってます。うまくいけば明日にUP…できるかなぁ、何しろ日々の作業で疲れ果てていますので、まぁやれるだけやってみましょう。ひとつ作業中にこんな部分を抜粋してみます↓

シルバーバーチの霊訓 2巻より抜粋

もし教会関係の人々が自分たちの本来の存在意義を自覚すれば、もし自分たちの本質がその神性にあることを理解すれば、そしてもし自分の身のまわりに存在する莫大な知識の宝庫、霊力、エネルギーを自覚すれば、それを活用して新しい世界をわけなく建設することができるところなのですが…

しかも、それは是が非でも成就していただかねばならないのです。なぜならば私たち霊界の実情を言わせていただけば、毎日毎日ひきも切らず地上から送り込まれてくる不適応者、落伍者、放蕩者(ほうとうもの)、社会のクズともいうべき人たち – 要するに何の備えもない、何の用意もない、何の予備知識も持たなくて1から教えなければならない人間の群れには、もううんざりしているのです。

本当はこちらへ来てすぐからでも次の仕事に取り掛かれるよう、地上での準備をしておくべきなのですが、現実にはまるで生(なま)キズの絶えない子供を扱うように看護し、手当てをしてやらねばならない者ばかりなのです。

そういう次第で、あらゆる形での霊的知識の普及がぜひとも必要です。人類が霊的事実を理解してくれないと困るのです。

↑はじめてblockquoteタグを使用してみましたが、これはイイじゃないですか。今後多用していきましょう。シルバーバーチ霊の言葉は1億回読んでも素晴らしい。この内容についても語りたい事が沸き上がってきますが一旦止めましょう。

今日も霊団にピーチクパーチク言われていますが(インスピレーションと言う意味)本を書きなさいと再び少しだけ言ってきてます。イヤそれは僕もそう思ってるんですが、設計図がどうしても固まらないんですよ。んー、根本的にアプローチを変えてみようかなぁ。

前回の長文ブログがああいう事になってしまいましたので次回はしっかり撃たせて頂きます、先週説明できなかったインスピレーションを取り上げる必要もありそうです。ホントにいくら時間があっても足りない。ひとりの人間にできる作業には限界があるって言うんだよ。僕ひとりをこき使うのもいい加減にしてくれよグチグチグチ…っとと、作業続行中。フラーのネーム描けないマイッタナ(祈)†

※「霊関連書籍 全文掲載」のページにテキスト化を進めている全書籍の表を掲載しました。今後はコチラをガンガン更新していきましょう↓

霊団はもう何もやる気がないそうですが、僕はうしろに戻るつもりはない前進あるのみ(祈)†■2023年7月19日UP■
霊団はもう何もやる気がないそうですが、僕はうしろに戻るつもりはない前進あるのみ(祈)†
物質界に邪悪がはびこる、その根本原因は「霊的知識の無知」にあります。人間に死はなく、肉体の死後も霊的表現媒体(幽体、霊体等)をまとって霊界で永遠に生き続けるという霊的真理を知らず、物質界での人生のみが人間の人生だと考える事が全ての邪悪の出発点なのです。物質界で大量強姦殺人の人生を送ると帰幽後に霊界でどれほどの地獄をやらされるか、その「霊界と物質界の因果関係」もっと言うと【神の因果律】を全く理解していないから平然と犯罪をおこなう事ができるのです。神の因果律から逃れる方法はこの全宇宙に存在しません。なぜなら「宇宙は神の身体」だからです。僕たちは現時点で神の中に存在しているのですから、神の法則の効果範囲外に出るなどという事は有り得ないのです。自分のおこないが自分の帰幽後の人生にどれほど致命的欠陥、悲劇をもたらすかを知っていれば、おのずと自分のおこないに責任感が生じ、愚かな言動にブレーキがかかるはずなのです。邪悪なおこないをしている人間たちというのは「何も知らない人間」という事なのです。だから霊的知識の普及が急務なのです…続きを読む→

本当にこの「書籍テキスト化」は過酷を極める地獄の作業ですが、僕が霊言霊媒としても自動書記霊媒としても発動しないのであれば、正真正銘の霊関連書籍のテキスト化を何としても物質界に残されている間にやらなければなりません。

そして可能性は極めて低いものの、もし僕という霊媒から新規の霊言が降ってくるのであれば、その霊言の“質”を高めるためにこのテキスト化の作業が必要と考えます。これまでもさんざん霊的知識のお勉強を続けてきましたが、テキスト化する事でさらに内容を読み返す事になり、理解を深める事ができるからです。

「シルバーバーチの霊訓 2巻」のhtml整形を終えたらWordPressにUP、そして「ベールの彼方の生活 3巻」のテキスト見直しも間もなく終了する見込み、そちらもUPさせて止まらずベール4巻に突入し、ベール全巻のテキスト化を完了させたら「ホワイトイーグル霊」の霊言書籍3冊のテキスト見直しに入るつもりです。

ヨハネ氏が自動書記で霊言を降らせて下さるといったニュアンスの事を霊団が少しだけ言ってきてますが、そんな事になったら素晴らしすぎますが何しろ僕という霊の道具は反逆の思念が尋常ではありませんので、たぶんそういう事にはならないでしょう。僕にできる事は「今できる事を全力でやる」これだけです。

絶版状態の霊関連書籍の復刊に向けたテキスト化、この作業を猛烈怒涛に続行しつつも、チョト「フラーのストーリー」をひとつ描きたい衝動に駆られてます。僕は絵を描かないと生きていけませんので描くかも知れません。

霊団が降らせているインスピレーションが、明らかにこれまでと違う様相を呈しています。変化している、何かが変化している。良い変化なのか悪い変化なのか、まだそこまで判断できていません。良い変化であって欲しいけど、これは物質界の人間にはどうしようもありませんので信じるしかありません。

自伝書籍の原稿執筆は完全にどこかに吹き飛んでしまいました。どうやっても設計図が固まらなかったからです。しかし本を出さないという事ではありません、スゴク出したいです。可能性は追求し続けましょう、しかし1番出したいのは「新規霊言の書籍」です。チョト「フラーのネーム」を書こうかな(祈)†

トレイルムービー「僕を殺す事はできないんだよ」霊団によると僕の暗殺はないそうですが問題はそこではありません(祈)†■2022年2月16日UP■
トレイルムービー「僕を殺す事はできないんだよ」霊団によると僕の暗殺はないそうですが問題はそこではありません(祈)†
「宇宙一のバカ」強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁が「僕、たきざわ彰人を暗殺して、僕などという人間はまるで最初から存在していなかったかのように完全に無視してすっとぼけ続け視点外しのニュースを流しまくってゴマかすつもりだった」という事ですが、もうそれもできなくなったという事です。つまりもう僕、たきざわ彰人の存在および明仁、文仁、徳仁、悠仁の邪悪の正体が相当に知れ渡っているので、この状態で僕を暗殺してみたところで「ヲイヲイ!タッキーのブログの更新が止まったぞ!ホントに暗殺されちゃったぞ!」という感じに騒ぎになり、暗殺イコール僕のブログの真実性の証明につながる訳ですから、もう明仁、文仁、徳仁、悠仁は僕を殺す事もできない、もう手出しできないという意味で間違いないでしょう…続きを読む→
「霊的知識なんて知った事か」文仁が原始人である事を証明する思念となります(祈)†■2022年3月23日UP■
「霊的知識なんて知った事か」文仁が原始人である事を証明する思念となります(祈)†
宇宙一のバカ、文仁は肉体の死後にも人生がある事、地上時代の行いと帰幽後の霊界生活との因果関係を全く理解しておらず、自分のこれまでの大量強姦殺人の人生が自分の未来を地獄の底に落としている事を全く理解しておらず、ただ自分を嫌っている幼い女の子をレイプする事しか頭にない原始人、という事になります。僕から皆さまにぜひ強調したい事としましては「霊的な事を子バカにするという事は、この原始人、文仁と同レベルの人間である事の証明となり、大変な恥となりますよ」という事です。皆さまはそんなに強姦殺人魔が好きですか。そんなに霊的な事がキライですか。今あなたが生き、動き、呼吸し、考えを巡らせる事ができるのは全て霊の賦活作用があるからなんですよ…続きを読む→

イエスには2つの考えがあった。ひとつは、ガリラヤにいる母や叔母のマリヤ・クローパスの所に行くことであった。もうひとつは、生まれて始めて出会った高潔な聖者と共にこの山の中で暮らすことであった。

しかし彼のガリラヤへの思いは強く、ついに故郷へ帰ることにした。ある日の朝まだ暗いうちに起き上がり隠者に別れを告げた。隠者は眉をひそめ、イエスに合図を送った。それはここに止どまっていなさい、出てはならないという意味のサインであった。

しかしイエスは故郷が自分を呼んでいると言った。隠者は悲しみに満ちた目付きで、ここに止どまって欲しいというサインを示した。おだやかで礼儀正しい若者は、心から求めている隠者の願いをはねつけることはできなかった。イエスはいったん旅立つことを断念し、水のある所に行って身を清め、隠者の赴く後について行った。

そそり立つ岩の裂け目をくぐりぬけるように歩いて行くと、余り広くない平地にやってきた。あたり一面にタベの露がたまって水たまりができていた。隠者が好んで訪れる庭で2人とも太陽が中天にあがるまで働いた。穴ぐらに帰ってから隠者はイエスのためにとっておきの食事を用意した。野性のハチミツとイナゴであった。

食事をすますと隠者は瞑想に入った。それから1時間ほど眠った。彼は夜通し瞑想を続けるので、ひるごろに1時間程眠ることにしていた。イエスは彼のそばでじっと見守り彼が妙な夢を見ていることを感じた。

隠者が眠りから覚めると、例の庭に行き、ひざまずいて祈り始めた。イエスも一緒についていった。しかしイエスは沈黙を破り、天の御父に対して喜びの賛美を歌い始めた。イエスの歌声はフルートのような音の響きではなく、ガリラヤ湖畔に押し寄せる波のような深い音色であった。

おし黙っていた隠者も沈黙を破り、歌い始め、周囲の山々までも歌声に耳を傾けるのであった。

『主をほめたたえよ、主のしもべたちよ、ほめたたえよ、主の御名をほめたたえよ。今よりとこしえに至るまで、主の御名はほむべきかな。日の出ずるところから、日の入るところまで、主の御名は、ほめたたえられる』(旧約聖書、詩篇 – 113の1 – 3)

この時のイエスは、再び光に包まれていた。陰気な隠者でさえ賛美の歌には逆らえなかった。隠者は従来の戒律を破り、立ち上がって岩によりかかり、イエスの賛歌にじっと耳を傾けていた。

突然イエスは涙ぐんだ。その涙は、あたかも砂漠で出合った泉のように、彼の魂の渇きを癒した。日没までそのままで瞑想を続けた。その時のイエスには、完ぺきな形で神が宿っておられたと、後になって弟子に語ったと言われている。イエスが成人して始めて行った奇跡である。

3日間この2人は一体となって、すべてのものを分かち合った。その後は沈黙の戒律が破られるようなことは無かった。しばしばイエスに質問したい衝動にかられることもあった。しかし偉大な精神の持ち主は、最後まで沈黙の誓いを破ることは無かった。2人は深い神秘的なものによって固く結ばれていたのである。
イエスのガリラヤへの思いは断ちがたかった。日の出にさえずる鳥の声のように、彼の心をさそった。3日目になってイエスは再び天の御父に対して喜びの詩篇をうたった。谷間はすでに暗くなっているのに、彼の放つ神秘の光が輝いて、不毛な岩山を明るく照らしていた。

イエスは隠者に言った。「あなたと一緒にいる間、これからどうするかを考えてきましたが、もうその心配はなくなりました。私はやはりここから出てまいります」隠者はうなずいた。

イエスは続けて言った。「真理を真剣に求める求道者には、二通りの行き方があります。1つは、あなたのように選ばれた方が瞑想のうちに生きる道です。常に沈黙を守り、めったに口を開くことはありません。話すとすれば、罪のない鳥やけものたちに知恵を授ける時でありましょう。

断食と瞑想によって霊性を高め、真理の道を追求するのです。しかし悪霊は、町の中にたくさんいるように、荒野にもいるのです。聞くところによりますと、荒野が彼らの住みかというじゃありませんか。だからこそ、よほどの強い魂でなければ荒野で平静に暮らすことはできません。」

隠者は深くうなずいた。隠者も悪霊との戦いで疲労と憂うつに悩まされてきたからである。イエスはなおも続けて言った。「私が、もう1つの道を選んだのは、このような悪霊を恐れているからではありません。私は人々の間で暮らしたいのです。荒野で暮らすことは私自身の救いだけに専念することになります。

瞑想のうちに真理を求めることができたとしても、私はあなたの弟子となってここに留まることはできないのです。私には天の御父から託されていることを遂行しなければならないのです。」

イエスが最後にのべた言葉には、特に力がこめられ、第三者の疑いをさしはさむ余地はなかった。「私の目的は、第2の道を歩むことです。人との交わりを通して神の務めを果たすのです。なんといっても、あらゆるタイプの人間と交わることによって、人の歩むべき道、究極の真理、生命の尊厳を見いだすことが必要なのです。このようにして、私は神の御心を実現していけると思います。

母や兄弟がいるナザレに参ります。でも彼らと一緒に暮らすつもりはありません。他に私の住む所をみつけ、自分の手で働きます。仕事はなんでも厭いません。大工、農夫、漁師、羊飼い、それもなければ、さまよえる人でもよいのです。きっとガリラヤの人々が味わっている悲しみ、苦しみ、心配事などが分かってくると思います。

そこで、解決するドアをたたかせるのです。重荷を少しでも軽くして心が休まるようにしてあげるのです。貧しい人々や年老いた人人の必要としているものを少しでも満たしてあげたいのです。人はみな同じであり、特に汚れた人がいるわけではありません。乞食も取税人も罪人といわれている人も、不義密通している女も、みんな等しく神の子なのです。」

イエスが話し終えると、隠者は頭をふりながらイエスの別れの言葉に反対する動作を示した。苦悩に満ちた顔付きで狭い所をうろつき回った。ついに彼は立ち止まり、イエスの顔を見据えながら彼の袖を引っ張った。それは荒々しい動作であった。彼は手でこの山々や空を指しながら、第1の道を選ぶべきであると強く示した。

その道こそイエスにとって最も良い道であり、救いとなることを伝えた。イエスは再び威厳をもって語り始めた。「人間の一生は、別離の連続といってもよいでしょう。私達2人は、神の愛によって1つに結ばれてはいますが、魂は全く別なのです。私の魂は隣人に向かって深く愛することを求めています。私は人々から離れて暮らすわけにはいかないのです。

しかしあなたは生れつき預言者としての素質が与えられています。このような荒野の静けさの中で沈黙を守り、瞑想によっていやがうえにも魂は成長し養われることでしょう。とにかく、この道こそあなたにとって最もふさわしいのです。

けれども私の目的は預言者になることでもなく、またそのような素質もありません。私は隣人を愛するために生まれたのです。どうして人里はなれた荒野で暮らすことができましょうか。

ある商人が商用で旅立つときに、2人の使用人を呼んで言いました。1人の男には3タラントのお金を預け、別の男には1タラントのお金をあずけ、自分が帰ってくるまでに何とか努力してお金をふやしておくように言いました。

主人が帰ってくると、3タラントのお金を預かった者は、5タラントにして主人に差し出しました。別の男は、お金を布にくるんで土の中に埋めておきました。彼はその1タラントを主人の前に差し出すと、主人は激しく怒って言いました。天の御父は、我々みんなに賜物を与えておられるのだ、せっかくの賜物を使わずにしまっておいては駄目じゃないか、それを何倍にでもふやすんだと」

隠者は溜め息をつきながら両手を挙げてイエスを祝福した。お互いに別れることを同意したからである。隠者は言い知れぬ悲しみを堪えながら聖書を開き、慰めの言葉を求めた。イエスは最もふさわしい言葉を読み上げた。

『見よ!われ、なんじの前に使者をつかわす。彼なんじのために道を備えん』(旧約聖書、マラキ書、3の1)

イエスは続けて言った。「女から生まれた者の中で、来るべき預言者よりも偉大な方はおられません。あなたは、その来るべき預言者なのでしょうか」

この問いに対して隠者は何も答えなかった。合図もしなければ、体を動かすこともしなかった。そ知らぬ様子を見せてはいたけれども、実際はそうではなかった。深い悲しみが隠者を覆っていた。

突然あたりが静かになった。ジャッカルや狼さえも鳴き声をだそうとしなかった。まるで神が世界中の音をすべて消してしまったのではないかと思える程静かになった。すると隠者の顔が恐ろしい程まばゆく光り輝いていた。その光は、彼の頭や手足、そして全身から放たれていた。

彼は崖のふちに真っすぐに立ち上がり、雲にとどかんばかりに背丈がのびていた。その姿は実に威厳に満ちており、見守る者にとって預言者を代表する偉大な人物のように感じられた。イエスは地にひれ伏し、顔を地に向けて深々と頭を下げ、心から謙そんの気持ちをあらわした。

その光景は、まるでエリヤかモーセがそこに居合わせているようであった。輝きと静けさのうちに彼らの魂は互いに深く交わり合っていた。清らかなひとときが去ってから隠者は崖のふちを立ち去り、岩穴の中へゆっくりと歩み、深い眠りについた。

イエスは、ひとり残って暗い夜空を見あげながら、たった今体験した出来事について思いふけっていた。果てしない疑問が解けぬまま、イエスも穴ぐらにもどり、隠者と一緒に眠りについた。

■アナログ絵332「フラー21キャラ イチゴちゃん設定資料」インナーフレーム採用(祈)†■2021年12月12日UP■
■アナログ絵332「フラー21キャラ イチゴちゃん設定資料」インナーフレーム採用(祈)†
さぁ使命遂行にあたって怒涛にデザインを続けてきた「フラーのバリエーション」に新たな展開となるでしょうか。今回はフラー15の時にどうしても外見をかわいくデザインできなくて泣く泣くボツにしたキャラ「イチゴちゃん」を「インナーフレーム」とも呼ぶべき機構を採用する事によって何とか実現にこぎつけました。これはインナーフレーム内で変形を完了させる構造にする事でイチゴちゃんの外観部分にメカメカしいパーツが露出しないようにして、イチゴちゃんの外観のかわいらしさを何とか維持しようとしたギミックとなります。イチゴちゃんの外側がパカッと開いてインナーフレーム内で変形が完了して再び外側がパコッと閉じるのがお分かり頂けるでしょうか…続きを読む→
「主なブログ」年度別ページ切り出し完了中。自分を助けるための作業となります(祈)†■2021年12月16日UP■
「主なブログ」年度別ページ切り出し完了中。自分を助けるための作業となります(祈)†
この作業、ずっとやらなきゃやらなきゃと思っていて全然着手できなかったもので(スンゴイ億劫だったため)ようやくこのようにまとめる事ができました。アナログ絵の固定ページを分割したのと基本的に仕組みは一緒です。トップページを設けてそこから個別ページに飛ばすようにする事によって更新作業を簡略化させて使命遂行の殺人的忙しさから自分を守るのが目的です…続きを読む→
「どんなに隠しても表に出てくる」真実は絶対隠し通せないという意味です(祈)†■2022年1月5日UP■
「どんなに隠しても表に出てくる」真実は絶対隠し通せないという意味です(祈)†
国民の同情を誘う美しいスローな楽曲がバックに流され、かわいそうな人たちに文仁がやさしく声をかけてその人たちを笑顔にさせる映像が、柔らかい暖色系のフィルターをかけた状態でキラキラと光のモーションエフェクトをちりばめて再生スピードを若干落としたスローペースで流され、文仁にやさしく声をかけてもらった国民(もちろんさくら)が感動の涙を流しながら文仁を賛美するコメントの映像が流され、それを見た皆さまはその洗脳演出にアッサリコロっとダマされて「あぁこの人はイイ人なんだ」などとは死んでも思わないようにして下さい…続きを読む→

いよいよおかしなインスピレーションが降るようになっています。霊団が僕に思い直させるためにそういう演出をしているのか、それとも霊団が僕のガードをやめて実際に低級な者たちの影響を受けているのか、どちらかの判断がまだできませんが、明らかに今までより次元の低いモノが降ってきてます。

自動書記がもし発動しても、その綴られる内容は低次元で怪しい内容になるといった事も言われています。それは僕ももちろん望んでいませんが、かといって僕が霊言霊媒として機能するのはどう考えてもムリだと思うので、そうなるとやはり僕の霊媒としての発動はないと考えるのがスマートでしょう。

このお話はまた後ほど。霊視についてもチョトお話したい事があります。僕は僕にできる事を全力でやっている、自分の人生を捨てて。これ以上どう努力しろというのか(祈)†

■2021年9月3日UP■
「いい加減にしてくれジャマ」これはキリスト教の2000年の呪いという意味ではないでしょうか(祈)†
インスピレーション「いい加減にしてくれジャマ」の説明に戻ってみましょう。これはつまり霊界サイドは物質界に正しい霊的知識を普及させようとして、それこそ2000年前のイエス様の犠牲の降誕の時からイヤそれ以前からずっと仕事をしている訳ですが、キリスト教という呪いが物質界に蔓延してしまった事で霊的知識普及の大事業が遅れに遅らされてしまった。それを受けての霊界高級霊の方々の「我々には成すべき仕事が山のようにあるんだよ、そろそろジャマも本気でいい加減にしてくれ」という意味が込められているのではないかと僕は思ったのです…続きを読む→
どれほどバカなのか■2021年10月20日UP■
「どれほどバカなのか」天皇一族のバカさ加減に皆さまが呆れ返っているという意味です(祈)†
「どれほどバカなのか」これが国民の常識となり、もう誰も「宇宙一のバカ」強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁の事を陛下殿下などとは呼ばず頭を下げる事もしない、コイツらを「人類史上最大級のバカ」として歴史に登録し、未来永劫語り継がれる状態にする、1日も早く日本国内をそういう状態に進歩、進化させなければなりません。洗脳にやられるのはココまで。皆さま目を覚ましましょう…続きを読む→

僕は霊性発現初期の頃にシルバーバーチの霊訓のテキストをかなり撃って、そのテキストを現在も保持していますが、まだ撃っていない章もたくさんあり、現在2巻の中のテキスト化していない章のOCR変換テキスト見直しをおこなっていたのです。その章はちょうど「交霊会運営方法の詳細説明」のような内容です。

見直しが完了したらWordPressにUPして皆さまにもお読み頂ける状態にしますが、見直しをしながらそのシルバーバーチ霊の説明を読むほどに、僕という人間が霊言霊媒として機能する事は絶対不可能だと改めて感じます。

それは物質界の人間が判断する事ではなく霊界で決定されるものであり、僕は霊媒として仕事をするに足る資格に到達しているから霊性発現させたのだと仮定しましょう。たとえそうだとしても以前からずっと公言していますように「サークルメンバー問題」だけは絶対に解決しないと強く強く断言していいと思いました。

まずこの2巻に書かれているような霊的知識が頭に入っている人間が僕の回りに全くいない、断言します、絶対にいない。かろうじてひとり興味を持ってくれているような空気感の友人がいるというだけ。僕という霊媒は基準に達していたと仮定しても、とにかくエクトプラズム供給源であるサークルメンバーをどうやっても招集する事はできません。

そこを力業(ちからわざ)で強引に霊的知識が頭に入っていない方々をサークルメンバーに仕立て上げて交霊会を強行開催したとしましょう。シルバーバーチ霊のお話をぜひ皆さまにもお読み頂きたいですが、そんな力業をやったら、その結末は悲惨の究極形になる事は間違いないでしょう。僕という霊媒が地縛どものオモチャにされてデタラメのメチャクチャになるのは火を見るより明らかです。

僕は霊団に対する反逆の思念が尋常でないために近々でペナルティを受けてますが、イヤイヤ、シルバーバーチ霊のお話を読むほどに「僕は間違っていない」と改めて思うのです。僕を強引に使おうとしている支配霊バーバネル氏の方がどう考えてもおかしいと思う、使える訳ないだろ。

霊性発現初期の頃からバーバネル氏が僕の支配霊に付いた事を懐疑的に受け止めてきましたが、やっぱりおかしいと思う。1億歩譲ってバーバネル氏が支配霊というのが真実だとしましょう。ならまだ準備もできていない初期の段階で自分の事を僕に明かしますか。

シルバーバーチ霊はバーバネル氏が母体に宿る前から準備していたそうです。そして18歳の時に初めてバーバネル氏の口を使用してカタコトの英語を話すまで自分の存在を一切バーバネル氏に明かしていません。そのシルバーバーチ霊の慎重な様子と、バーバネル氏の軽率な態度があまりにも正反対すぎる。

シルバーバーチ霊も事ある毎に「おかしいと思うところがあったら遠慮なく拒絶して下さい」と仰っています。僕はバーバネルと名乗るこの霊を拒絶する気持ちでいっぱいです。軽率すぎる、軽薄すぎる、おかしすぎる。

僕が近々ではじめた「自動書記テスト」は正解なのかも知れません。当分続行しましょう。「霊性を開く」にもこのようにあります↓

スピリチュアリズムの根本思想や教訓は、そのほとんどが自動書記の産物である。その意味では心霊現象の中でこの自動書記現象が1ばん大切といえる。

WordPress霊関連書籍ヘッダー霊性を開く

僕が霊言霊媒として機能する事は、仮に僕自身がその水準に到達していたとしても環境が一切整っていないので絶対にできないと断言できる。しかし自動書記ならひょっとしたらできるかも知れないと思って練習を開始したのです。僕なりに考えての事なのです。僕の小我の考えが間違っているという事は十分あり得ますが。

僕はバーバネル氏に対する懐疑的態度をこのようにストーリーで表現していますが↓

■2021年9月18日UP■
■アナログ絵327「バーバネル氏登場ストーリー前半部」UP。僕の内心は怒りでいっぱいなのです(祈)†
この「バーバネル氏のストーリー」は「イエス様ハンドリング」霊的使命遂行開始ごく初期の頃から僕の脳内にストックとしてあったものでしたが、バーバネル氏が支配霊として僕という霊媒を使う事が全くなかったために「このストーリーは僕の心の中にしまっておいて描かずに終わるだろう」と思っていたものでした。しかし近々でバーバネル氏に関するインスピレーションが多数降ってきている事もあって仕方なく描いた、という流れです。正直言って僕的にこのストーリーは描きたくありませんでした。というのもこうしてストーリーを描いている現在でさえ「僕はバーバネル氏を信用していない」からです…続きを読む→
■2021年9月25日UP■
■アナログ絵328、後半4~6ページUP。バーバネル氏登場は僕的に複雑な思いがあるのです(祈)†
今回、霊体の僕の「バーバネル氏に対する宜しくない思念」を前面に押し出したストーリーとさせて頂きましたが、今後バーバネル氏が僕という霊媒を使用して霊言をちゃんと降らせてくるのであれば僕の態度だってコロッと変わるのです。いつまでたっても交霊会やろうとしないから怒ってるんですよ僕は(※できない事情についても過去ブログで説明しています)今回の327、328のストーリーが「描いた僕が恥ずかしいストーリー」になってくれると逆に助かります。つまり支配霊バーバネル氏と地上の霊媒の僕が、信頼関係に基づく上下関係でしっかり仕事ができている、そういう様子を僕だってストーリーで描きたいんですよ。誰もこんなストーリー描きたくないんですが現時点ではこういう表現にするしかないんです。んー、ここまでにしましょう。バーバネル氏、事情があるのは了解だけど僕という霊媒を使用しろ…続きを読む→
僕が描いたこのストーリーが正解なのではないかという気がだいぶしてます。とにかく自動書記テストは続行中。今日もやりましたがまるっきりダメ。書籍テキスト見直し続行中。そしてフラーのストーリーをひとつ描きたい衝動に駆られています。どしよかな(祈)†

※「ベールの彼方の生活 3巻」テキスト見直し87%完了中。「シルバーバーチの霊訓 2巻」テキスト見直し50%完了中。僕という霊媒が機能しないなら霊関連書籍のテキスト化を絶対にやらなければならない(祈)†

「誰もいないカラッポ」帰幽後の僕が閉じ込められるところです、これはおもしろい(祈)†■2022年2月16日UP■
「誰もいないカラッポ」帰幽後の僕が閉じ込められるところです、これはおもしろい(祈)†
僕が閉じ込められる境涯に幽体離脱時に霊体にて訪れています。まぁまぁ明るい境涯でしたのでそんなに下層界という感じではなかったものの、ある団地の5階から7階へ引っ越しするのですが、その団地全体にひとりの人間もいません。7階の部屋の中ももぬけのから。そこが僕と2羽の住む部屋です。部屋のベランダから外の景色を見ます。どれだけ見まわしてもひとりの人間の姿も見えません。僕とユキ、ピー以外は全く誰もいない、そういうところに僕は帰幽後閉じ込められて生活する事になるのだそうです霊団によると。離脱中の霊体の僕は鼻で笑いました。「フフッ、10年の努力の結果がこれですか。コイツァーおもしろい。3人で仲良く楽しく暮らしていきますよ」と思念を抱くと…続きを読む→
■2019年7月12日UP■
「無視してもインスピレーション止まらない」僕の使命遂行を止める物的手段がない事を説明してみます(祈)†
霊団と僕との間で行われる「パーソナルコミュニケーション」と言っていいでしょう。そして僕たち地上人の肉眼、肉耳には一切感応しない物的波長を飛び越えた霊的波長によるやり取りであり、霊力に感応する事ができない皆さまにはそのインスピレーションを見る事も聞く事もできません。つまり霊団が僕に降らせるインスピレーションは霊団と僕だけが認識できるもので他の誰にも感じ取る事ができないものとなります。という事はつまり霊団と僕以外はインスピレーションの存在自体を感じ取れない訳ですからそもそも「邪魔」もできないという事になります…続きを読む→