『ベールの彼方の生活③』【3 冒涜の都市】【1918年1月4日 金曜日】

その集落を後にしてから吾々はさらに暗黒界の奥地へと足を踏み入れました。そこここに家屋が群がり、焚き火が燃えている中を進みながら耳を貸す意志のある者に慰めの言葉や忠告を与えるべく吾々として最善の努力を→

『ベールの彼方の生活③』→したつもりです。が、残念な事にその大部分は受け入れる用意はできていませんでした。反省してすぐさま向上の道へ向かう者は極めて少ないものです。多くはまず強情がほぐれて絶望感を味わい、その絶望感が憧憬の念へと変わり、哀れなる迷える魂に微かな光が輝き始める。

『ベールの彼方の生活③』そこでようやく悔恨の情が湧き、罪の償いの意識が芽生え、例の光の橋へ向けての辛い旅が始まります。が、この土地の者がその段階に至るのはまだまだ先の事と判断してその集落を後にしました。吾々には使命があります。そして心の中にはその特別の仕事が待ち受けている→

『ベールの彼方の生活③』→土地への地図が刻み込まれています。決して足の向くまま気の向くままに暗黒界を旅しているのではありません。ただならぬ目的があって高き神霊の命によって派遣されているのです。行くほどに邪悪性の雰囲気が次第に募るのを感じ取りました。銘記して頂きたいのは、→

『ベールの彼方の生活③』→地域によって同じ邪悪性にも“威力”に差があり、また“性質”が異なる事です。同時にまた、地上と同じくその作用にムラが見られます。邪悪も全てが1つの型にはまるとは限らないという事です。そこにも自由意志と個性が認められるという事であり、どれだけ永い期間→

『ベールの彼方の生活③』→それに浸るかによって強烈となっているものもあれば比較的弱いものもある。それは地上においても天界の上層界においても同じ事です。やがて大きな都市にたどり着いた。守衛の一団が行進歩調で行き来する中を、どっしりとした大門を通り抜けて市内へ入った。

『ベールの彼方の生活③』それまでは姿を見せるために波長を下げていたのを、今度は反対に高めて彼らの目に映じない姿で通り抜けた訳です。大門を通り抜けてすぐの大通りの両側には、まるで監獄の防壁のような、がっしりとした作りの大きな家屋が並んでいる。そのうちの何軒かの通風孔から→

『ベールの彼方の生活③』→毒々しい感じの明かりが洩れて通路を照らし、吾々の行く先を過ぎっている。そこを踏みしめて進むうちに大きな広場に来た。そこに1つの彫像が高い台の上に立っている。広場の中央ではなく、やや片側に寄っており、そのすぐ側に、その辺りで一番大きい建物が立っていた。

『ベールの彼方の生活③』彫像はローマ貴族のトーガ(ウールのゆるやかな外衣)をまとった男性で、左手に鏡を持って自分の顔を映し、右手にフラゴン(聖餐用のぶどう酒ビン)を持ち、今まさに足もとの水だらいにドボドボとぶどう酒を注いでいる―崇高なる儀式の風刺(パロディ)です。

『ベールの彼方の生活③』しかもその水だらいの縁には様々な人物像がこれまた皮肉たっぷりに刻まれている。子供が遊んでいる図があるが、そのゲームは生きた子羊のいじめっこである。別のところにはあられもない姿の女性が赤ん坊を“逆さ”に抱いている図が彫ってある。全てがこうした調子で→

『ベールの彼方の生活③』→まじめなものを侮っている―童子性、母性、勇気、崇拝、愛、等々を冒涜し、吾々がその都市において崇高なるものへの憧憬を説かんとする気力を殺がせる。卑猥にして無節操きわまるものばかりである。辺り一体が不潔と侮辱に満ちている。どの建物を見ても構造と装飾に→

『ベールの彼方の生活③』→唖然とさせられる。しかし初めに述べた如く吾々には目的がある。嫌な事を厭ってはならない。使命に向かって突き進まねばならない。そこで吾々は意念を操作して姿をそこの住民の目に映じる波長に落としてから、右の彫像のすぐ後ろの大きな建物―悪の宮殿―の→

『ベールの彼方の生活③』→門をくぐった。土牢に似た大きな入り口を通り抜けて進むと、バルコニーに通じる戸口まで来た。バルコニーは見上げるようなホールの床と天井の中間を巻くようにしつらえてあり、所々に昇降階段が付いている。吾々はその手すりの所まで近づいてホールの中をのぞいた。

『ベールの彼方の生活③』そこから耳をつんざくような強烈な声が聞こえてくるが、しばらくはそれを発している人物が見えなかった。そうして吾々の目が辺りを照らす毒々しい赤っぽい光に慣れてくると、どうやら中の様子が判ってきた。すぐ正面に見えるホールの中央にバルコニーへ出る大きな階段が→

『ベールの彼方の生活③』→らせん状に付いている。それを取り囲むようにして聴衆が群がり、階段もその中程まで男女がすずなりになっている。が、その身なりはだらしなく粗末である。そのくせ豪華に見せようとする意図が見られる。例えば黄金や銀のベルトに首飾り、銀のブローチ、宝石をあしらった→

『ベールの彼方の生活③』→バックルや留め金を身に付けている者がそこら中にいる。が、全部模造品である事は一目で判る。黄金に見えるのもただの安ピカの金属片であり、宝石も模造品である。その階段の上段に演説者が立っている。大きな図体をしており、邪悪性が他を威圧する如くにその図体が→

『ベールの彼方の生活③』→他の誰よりも大きい。頭部にはトゲのある冠をつけ、汚らしい灰色をしたマントを羽織っている。かつては白かったのが性質(ガラ)が反映して煤けてしまったのであろう。胸の辺りにニセの黄金で作った2本の帯が交叉し、腰の辺りで革紐で留めてある。足にはサンダルを履き、→

『ベールの彼方の生活③』→その足もとに牧羊者の(先の曲がった)杖が置いてある。が、見ている吾々に思わず溜息をつかせたのは冠であった。トゲはいばらのトゲを黄金であしらい、陰気な眉の辺りを巻いていた。帰れるものなら今すぐにも帰りたい心境であった。が、吾々には目的がある。

『ベールの彼方の生活③』どうしても演説者の話を最後まで聞いてやらねばならなかった。その時の演説の中身を伝えるのは私にとって苦痛です。貴殿が書き取るのも苦痛であろうと思います。が、地上にいる間にこうした暗黒界の実情を知っておく事です。なぜなら、こちらの世界にはもはや地上のような→

『ベールの彼方の生活③』→善と悪の混在の生活がない。善は高く上がり悪は低く下がり、この恐ろしい暗黒界に至っては、善による悪の中和というものは有り得ない。悪が悪と共に存在して、地上では考えられないような冒涜行為が横行する事になります。なんと、彼が説いていたのは“平和の福音”だった。

『ベールの彼方の生活③』そのごく一部だけを紹介して、あとはご想像にお任せする事にしたい。「そこでじゃ、諸君、吾々はその子羊を惨殺した獣を崇拝するために、素直な気持ちでここに参集した。子羊が殺害されたという事は、吾々が幸福な身の上となり呪われし者の忌まわしき苦しみを」→

『ベールの彼方の生活③』→「乗り越えて生きていこうとする目的にとっては、その殺害者は事実上の吾々の恩人という事である。それ故、諸君、その獣が子羊を真剣に求めそして見出し、その無害の役立たず者から生命の血液と贖いをもたらしてくれた如くに、諸君も、常に品性高き行為にご熱心で」→

『ベールの彼方の生活③』→「あるからには、その子羊に相当するものを見つけ出し、かの牧羊者が教え給うた如くに行うべきである。諸君の抜け目なき沈着さをもって、子羊のごとき惰性の中から歓喜の情熱と興奮に燃える生命をもたらすべきである…そして女性諸君、“げす”な優美さに毒された」→

『ベールの彼方の生活③』→「その耳に私より一服の清涼剤を吹き込んで差し上げよう。私を総督に選出してくれたこの偉大なる境涯に幼児はやって参らぬ。がしかし、諸君に申し上げよう。どうか優しさをモットーとするこの私と、私が手にしているこの杖をとくと見て欲しい。そして私を諸君の」→

『ベールの彼方の生活③』→「牧羊者と考えて欲しい。これより諸君を、多すぎるほどの子供を抱えている者の所へこの私がご案内しよう。その者たちは、かつてせっかく生命を孕みながら、余りに深き慈悲ゆえに、その生命を地上に送って苦をなめさせるに忍びず、生け贄としてモロック(※)の」→

『ベールの彼方の生活③』→「祭壇に捧げた如く、その母なる胸より放り棄てるほど多くの子供を抱えている。さ、諸君、生け贄とされた子をいとおしみつつも、その子の余りに生々しき記憶に怯え、それを棄て去らんと望む者の所へ私が連れて参ろう」→

『ベールの彼方の生活③』→(※子供を人身御供として祭ったセム族の神。レビ記18・21、列王記23・10。訳者)こうした調子で彼は演説を続けたが、その余りの冒涜性の故に私はこれ以上述べる気がしません。カスリーンに中継させるのも忍びないし、貴殿に聞かせるのも気が引けます。

『ベールの彼方の生活③』それを敢えて以上だけでも述べたのは、貴殿ならびに他の人々にこの男の善性への冷笑と愚弄的従順さの一端を知って頂きたかったからであり、しかも彼がこの境涯にいる無数の同類の1つのタイプにすぎない事を知って頂くためです。いかにも心優しい人物を装い、いかにも→

『ベールの彼方の生活③』→遠慮がちに述べつつも、実はこの男はこの界層でも名うての獰猛さと残忍さを具えた暴君の1人なのです。確かに彼はその国の総督に選ばれた事は事実ですが、それは彼の邪悪性を恐れての事だった。その彼が、見るも哀れな半狂乱の聴衆を“品性高き者”と述べたものだから、→

『ベールの彼方の生活③』→彼らは同じ恐怖心にお追従も手伝って彼の演説に大いなる拍手を送った。彼はまた聴衆の中の毒々しく飾った醜女たちを“貴婦人”と呼び、羊飼いに羊が従う如くに自分に付いて来るがよいと命じた。するとこれまた恐怖心から彼女たちは拍手喝采をもって同意し、彼に従うべく→

『ベールの彼方の生活③』→全員が起立した。彼はくるりと向きを変えて、その巨大な階段を登ろうとした。彼は次の段に杖をついて、やおら1歩踏み出そうとして、ふとその足を引いて逆に1歩2歩と後ずさりし、ついに床の上に降りた。全会衆は希望と恐怖の入り混じった驚きで、息を呑んで→

『ベールの彼方の生活③』→身を屈めていた。その理由は他ならぬ階段の上段に現れた吾々の姿だったのです。吾々はその環境において発揮できる限りの本来の光輝を身にまとって1番上段に立ち、さらに霊団の1人である女性が5、6段下がったところに立っていました。エメラルドの玉飾りで→

『ベールの彼方の生活③』→茶色がかった金色の髪を眉の上あたりでしばり、霊格を示す宝石が肩のあたりで輝いており、その徳の高さを有りのままに表している。胴の中ほどを銀のベルトでしばっている。こうした飾りが目の前の群集の安ピカの宝石と際だった対照を見せている。両手で白ゆりの花束を→

『ベールの彼方の生活③』→抱えているその姿は、まさしく愛らしい女性像の極致で、先ほどの演説者の卑猥な冒涜に対する挑戦でした。男性も女性もしばしその姿に見とれていたが、そのうち1人の女性が思わずすすり泣きを始め、まとっていたマントでその声を抑えようとした。が、他の女性たちも→

『ベールの彼方の生活③』→甦ってくるかつての女性らしさに抗しきれずに泣き崩れ、ホールは女性の号泣で満たされてしまった。そうして、見よ、その悲劇と屈従の境涯においては久しく聞く事のなかった純情の泣き声に男たちまで思わず手で顔を覆い、地面に身を伏せ、厚い埃りも構わず床に→

『ベールの彼方の生活③』→額をすりつけるのであった。が、総督は引っ込んでいなかった。自分の権威に脅威が迫ったと感じたのである。全身に怒りを露わにしながら、ひれ伏す女性たちの体を踏みつけながら、大股で、最初に泣き出した女性のところへ歩み寄った。それを見て私は急いで→

『ベールの彼方の生活③』→階段の1番下まで降りて一喝した―「待たれよ!私のところへ来なされ!」私の声に彼は振り返り、ニヤリとしてこう述べた。「貴殿は歓迎いたそう。どうぞお出でなされ。我輩はここにいる臆病な女どもが貴殿の後ろのあのご婦人の光に目が眩んだようなので」→

『ベールの彼方の生活③』→「正気づかせようとしているまでじゃ。みんなして貴殿を丁重にお迎えするためにな…」が、私は厳しい口調で言い放った。「お黙りなさい!ここへ来なされ!」すると彼は素直にやって来て私の前に立ったので、続けてこう言って聞かせた。「あの演説といい、」→

『ベールの彼方の生活③』→「その虚飾といい、冒涜の度が過ぎますぞ!まずその冠を取りなさい。それからその牧羊者の杖も手放しなさい。よくも主を冒涜し、主の子等を恐怖心で束縛してきたものです」彼は私の言う通りにした。そこで私はすぐ側にいた側近の者に、先ほどよりは優しい口調で→

『ベールの彼方の生活③』→こう言って聞かせた。「あなた達は余りに長い間臆病すぎました。この男によって身も心も奴隷にされてきました。この男はもっと邪悪性の強い者が支配する都市へ行かせる事にします。これまでこの男に仕えてきたあなた達にそれを命じます。そのマントを脱がせ、」→

『ベールの彼方の生活③』→「そのベルトを外させなさい。主を愚弄するものです。彼もいつかはその主に恭順の意を表する事になるであろうが…」そう言って私は待った。すると4人の男が進み出てベルトを外し始めた。男は怒って抵抗したが、私が杖を取り上げてその先で肩を抑えると、→

『ベールの彼方の生活③』→その杖を伝って私の威力を感じておとなしくなった。これで私の意図が叶えられた。私は彼にそのホールから出て外で待機している衛兵に連れられて遠い土地にある別の都市へ行き、そこでこれまで他人にしてきたのと同じ事を“とくと”味わってくるようにと言いつけた。

『ベールの彼方の生活③』それからホールの会衆にきちんと座り直すように言いつけ、全員が落着いたところで最初に紹介した歌手に合図を送った。すると強烈な歌声がホール全体に響きわたった。その響きに会衆の心はさらに鼓舞され、そこにはもはやそれまで例の男によって抑えられてきた束縛の跡は→

『ベールの彼方の生活③』→見られなかった。あたりの明かりから毒々しい赤みが消え、柔らかな明るさが増し、安らかさが会場にみなぎり、興奮と感激に震える身体を爽やかに包むのでした。【どんな事を歌って聞かせたのでしょうか。】活発な喜びと陽気さにあふれた歌―春の気分、夜の牢獄が→

『ベールの彼方の生活③』→破られて訪れる朝の気分に満ち、魂を解放する歌、小鳥や木々、せせらぎが奏でるようなメロディを歌い上げました。聖とか神とかの用語は1語も使っておりません。少なくともその場、その時には一切口にしませんでした。彼らにとって何よりも必要とした薬は、それまでの→

『ベールの彼方の生活③』→奴隷的状態からの解放感を味わうように個性に刺激を与える事でした。そこで彼は生命と喜びと友愛の楽しさを歌い上げたのでした。と言って、それで彼らがいきなり陽気になった訳ではありません。言わば絶望感が薄らいだ程度でした。そのあとは吾々が引き受け、訓戒を与え→

『ベールの彼方の生活③』→かくしてようやくそのホールが、かつては気の向かぬまま恐怖の中で聞かされていた冒涜の対象イエス・キリストの崇拝者によって満たされる日が来ました。崇拝といっても、善性にあふれた上層界でのそれとは較べものになりませんが、調和の欠けた彼らの哀れな声の中にも→

『ベールの彼方の生活③』→このたびの吾々のように猜疑心と恐怖心に満ちた彼らの邪悪な感情のるつぼに飛び込んで苦心した者の耳には、どこか心を和ませる希望の響きが感じられるのでした。それからあとは吾々に代わって訪れる別の霊団によって強化と鍛錬を受け、それから先の長くかつ苦しい、→

『ベールの彼方の生活③』→しかし刻一刻開けてゆく魂の夜明けへ向けての旅に備える事になっており、吾々は吾々で、さらに次の目的地へ向けて出発したのでした。【そのホールに集まったのは同じ性質の者ばかりですか。】“ほぼ”同じです。大体において同質の者ばかりです。性格的に欠けたところの→

『ベールの彼方の生活③』→ある者も少しはおりました。それよりも、貴殿には奇異で有り得ない事のように思える事実をお話しましょう。彼らのうちの何名かがさきの総督の失脚のお伴をする事になった事です。彼の邪悪性の影響を受けて一心同体と言えるほどにまでなっていたために、彼らの個性には→

『ベールの彼方の生活③』→自主的に行動する独立性が欠けていた訳です。そのために、それまで総督の毒々しい威力の中で仕えてきた如くに、その失脚のお伴までする事になった。が、その数はわずかであり、別の事情で別の土地へ向かう事になった者も少しばかりいました。しかし大多数は→

『ベールの彼方の生活③』→居残って、久しく忘れていた真理を改めて学び直す事になりました。遠い昔の話は今の彼らにとっては新鮮に響き、かつ素晴らしいものに思えるらしく、見ている吾々には可哀想ににさえ思えました。【その後その総督はどうなりましたか。】今も衛兵が連れて行った→

『ベールの彼方の生活③』→遠い都市にいます。邪性と悪意は相も変わらずで、まだまだ戻っては来れません。この種の人間が高尚なものへ目を向けるようになるのは容易な事ではないのです。【衛兵が連れて行ったと言われましたが、それはどんな連中ですか。】これはまた難しい質問をなさいましたね。

『ベールの彼方の生活③』これは神について、その叡智、その絶対的支配についてもっと深く悟るまでは、理解する事は困難な問題の1つです。一言で言えば神の支配は天国だけでなく地獄にも及んでいるという事で、地獄も神の国であり(悪魔ではなく)神のみが支配しているという事です。

『ベールの彼方の生活③』さきの衛兵は実は総督を連れて行った都市の市民です。邪悪性の強い人間である事は確かであり、神への信仰などおよそ縁のない連中です。ですが総督を連行するよう命ぜられた時、誰がそう裁決したのか聞こうともせず、それが彼にとって最終的な救済手段である事も知らぬまま→

『ベールの彼方の生活③』→文句も言わずに命令に従った。この辺の経緯の裏側を深く洞察なされば、地上で起きる不可解な出来事の多くを解くカギを見出す事ができるでしょう。大ていの人間は悪人は神の御国の範囲の外にいるもの―罪悪や災害は神のエネルギーが誤って顕現したものと考えます。

『ベールの彼方の生活③』しかし実は両者とも神の御手の中にあり、悪人さえも、本人はそうと知らずとも、究極においてはそれなりの計画と目的を成就させられているのです。この問題はしかし、今ここで扱うには少し大きすぎます。

『ベールの彼方の生活③』では、お寝みになられたい。吾々の安らぎが貴殿のものとなるよう祈ります。

『ベールの彼方の生活③』8章 暗黒界の探訪
【1 光のかけ橋】
bit.ly/2viJG2P
【2 小キリストとの出会い】
bit.ly/2viY8aS
【3 冒涜の都市】
bit.ly/2vM39vA
【4 悪の効用】
bit.ly/2vLIl7M
【5 地獄の底】
bit.ly/2vLEzuW
【6 強者よ、何ゆえに倒れたるや】
bit.ly/2viLkS3
【7 救出】
bit.ly/2vLIuIm

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Posted by たきざわ彰人(霊覚者)