【6/8】霊界通信 イエスの少年時代 貧窮の中の小さな王者 27 燕の羽を生やそうとする雀

書籍イエスの少年時代_復刊テスト230601a

幼いヤコブは大きな柱の陰から抜け出し、脇目もふらず、大祭司の入っていった部屋の前から逃げ出した。あのときには、イエスの勇気に惚れこんでいて、恐怖を感じていなかったのであるが、やがてその気持ちもふきとんでしまった。

巨大な神殿を目前にして大きな街にいる夥しい群衆を意識したとたん、自分がまるで荒野を彷徨う人間というよりも、狼の洞穴に放りこまれたような恐怖におそわれた。薄暗くなった街の中をさまよい、怖い気持ちを押し殺し、唇を強くかみしめていた。口のまわりから鮮血が流れていた。

遂にヤコブは母親を探し当て、顔を埋めながら大声で泣きじゃくった。みんなはヤコブに尋ねるのであるが、イエスのことは一切聞き出すことができなかった。なぜならば、幼いヤコブの心には、あの偉大な大祭司の怒声が耳にこびりついていたからである。

ひとことでも見たのことを話そうものなら、首ねっこを捕まえられて、地獄の燃えさかる火の中に放りこまれてしまうと思いこんでいたからである。イエスの弟、トマスが言った。

「お父さん、イエスとヤコブが立っていた大きな柱から、もどってきなさいと言われたので僕はちゃんと言うことをきいたのですが、あの2人はちっとも言うことをききませんでした。特にイエスは、厚かましくて、ラビの後にのこのこついて行き、内庭に入ってしまいました。

それで僕は2人とも見失ってしまったのです。それからヤコブがどの辺をうろついていたのかわかりません。でも急いで行ってみると、イエスがあのパリサイ人のうしろにぴったりくっついているじゃありませんか。僕もどうしたらよいか困ってしまいました。

お父さんの言いつけを思い出して、あの大きな柱の下で待っていたのです。お兄さんは、また変な病気にとりつかれているのかと心配になって、しらずに内庭へ入ってしまったのです。そうしたら護衛の者がひどく怒り、此処は一般者が入ると罰せられると言われたのです。

ですから僕は再び柱の処にもどり、お父さんが来るのを待っていたんです。僕は兄を見守るために、偉い人しか入れない場所に足をふみ入れてしまったんです。僕のせいじゃありません!」ヨセフは言った。

「そうだとも!!お前の兄が、お前ぐらい知恵があって、従順ならいいのだが。あいつは親の言うことをきかず、おまけに聖なる場所に入りこんで。ひどいことをやってくれたね、全く手がつけられやしない!」

2人の女は、何か恐ろしいことがイエスの身の上に起こりゃしないかと心配でたまらなかった。この2人は心からイエスを愛していたからである。「ここに平安がありますように!」と言って聞きなれた声がひびいてきた。みんながその方を見ると、細身のイエスが夕陽に輝く金色の光の中に立っていた。

彼の顔付きは、実に美しく、神秘的で、両眼の輝きは王者の風格を備えているように見えた。パリサイ人と話し合ってからのイエスの風貌は一変していた。父のヨセフでさえ、後ずさりする程であった。ヨセフはイエスをひどく叱るつもりで言いだした。

「お前は聖なる場所に入りこんで、汚していたと聞いてるが、それは本当か?」「とんでもありません。僕がどうして聖なるものを汚すというんですか。清らかな心の持主がどうして汚すことができるのですか?」

「昔の病気がまた始まったようだな、しかも幼いヤコブまで巻き添えにして、今まで何をしてきたか全部話してごらんなさい」イエスは頭を横にふって何ひとつ答えようとしなかった。そんなイエスを見て、ヨセフは烈しく怒りだした。イエスはなおも沈黙を続け、なにひとつ語らなかった。

周囲の者は気が気でなく、何でもいいから話すように強く迫った。それでもイエスは口を開こうとしなかった。例のパリサイ人との固い約束を守っていたからである。脅してもすかしてもイエスの固い口を割らせることができないと知ると、今度は幼いヤコブに鋒先を向け始めた。

怯えたヤコブは、口がきけず、ただベソをかいて泣きじゃくるだけであった。困り果てた家族の者は夕方になったので、神殿から街へ出て行き、宿探しを始めた。ヨセフは一家の長として何とかイエスの口を割らせる懲罰はないものかと考えあぐんでいた。

マリヤに夕食の仕度をさせ、イエスの分だけは別に用意させた。そしてヨセフは頑固な気持ちを和らげ、両親の言うことを聞いたら夕食をたべさせてやると言った。母マリヤは色々とイエスに意見をするのであるが、かくも深く愛している母親に対しても頑として口を閉ざすのであった。

マリヤはひと晩中ねむれず、ヨセフの懲罰を無視して息子に食物を与えたいと思っていた。夜明け頃、一条の光が射しこんできた頃、マリヤは起き上り、ヨセフがぐっすり眠っていることを見とどけてから、這うようにして戸の傍で横になっているイエスの処に行った。イエスは眠っていなかった。

薄暗い部屋の中で、彼の顔は青白く見えた。マリヤが耳もとでささやいた。「イエス!!起き上って外に出てきなさい。音をたてるんじゃないよ。何かおなかに入れるものを用意してあげるからね」

イエスは母の言う通りにやってみたが、体の方が弱っていて、いうことをきかず、地上に倒れてしまった。「僕もうだめだよ。断食と疲れで立ち上れないんです。お母さん、僕のことを構わないで下さい。お母さんこそ眠った方がいいですよ」

マリヤは、時々ひどくびくついて、ヨセフにさからったときに見まわれる癇癪玉を怖れた。ヨセフは気の短かい人であった。井戸に転落してから彼の健康は勝れず、病める体は彼の魂を蝕み、ますます八つ当りをするようになった。マリヤは彼の機嫌を損ねないように気を配ってきたのであるが、息子を思うあまり、恐怖心をふりはらって、ぐっすりねこんでいる夫の傍へにじり寄った。

ヨセフの腰にしっかりと結びつけている葡萄酒の入った靴袋をそーっとはずしてから、家族の者がねている間を忍び足でまたぎながらイエスの処へ運んできた。イエスに葡萄酒をのませ、パンを食べさせてから戸外へ連れだした。

「ねえ、お前は今日神殿に行くのを止めておくれ。お父さんが目をさましたら、昨日のことをあやまって、何もかも全部話してしまったらどうだい。そうでもしなきゃ、私たちの楽しみが目茶目茶になってしまうんだよ」

「お母さん、それはどうしてもできないんです。僕はそのことを絶対に誰にも言わないと約束したのです」「一体誰とそんな約束なんかしたの?」母は悪友でなければよいがと、怖れながら質問した。「とても偉い賢者です。それ以上僕に言わせないで下さい」

母はイエスのためになるのだということを懇々と諭した。母は、イエスとヨセフの関係が日ましに悪化していることを恐れた。そしてその溝は次第に大きく広がってきて、父のイエスに対する偏見が抜き差しならないところまで悪化し、目を覆いたくなるようなひどい折檻をするようになっていた。

イエスは母から少し離れて言った。「お母さんは、うちのお父さんの名誉を大切にするようにおっしゃいますが、その前に、天におられる本当の御父様のことを大切にしなければならないんじゃないでしょうか。僕が嘘をつき、大事な約束を破ったらどんなに天の父上を裏切ることになるでしょう。僕たちは、天の父に似せられてつくられたんじゃないのですか?僕は絶対に口を開きません」

マリヤは答えた。「よくわかりました。そのかわり、明日からは、自分勝手に出かけることは許しません!!私たちから離れないように、いつも一緒にいてちょうだい。ねえ、おねがいだから、なんでもお父さんの言うことをきくと約束しておくれ」「出来ないことを約束しろとおっしゃるのですか?」

「両親の言うことがきけないのですか?」「そうではありません、僕はどうしてもやらねばならないことがあると言っているのです、お母さん」2人が話し合っていると、宿の中からヨセフの呼ぶ声がしたので、母は急いでヨセフの処へとんで行った。マリヤはもう臆病な妻ではなかった。勇敢な母として何もかも自分がイエスに対して行なったことを告白した。

ヨセフが肌身はなさず持っていた葡萄酒は、病気で倒れたときや、旅の疲れで動けなくなったときの非常用として大切にとっておいたものであった。その葡萄酒をイエスに飲ませたことを正直に話したのである。マリヤのやったことを知ったヨセフはひどく機嫌が悪かった。

それからの2日間というものは、2人の間に冷戦が続いた。ヨセフが口を開くときは、マリヤにあたるようなことしか言わなかった。でも殆んど黙りこくっていた。それがかえってマリヤには辛かった。それまでは、エルサレムという大きな聖都にきて新しい体験や様々な喜びを分けあっていた。それでも俗人であったが、ヨセフは心の優しい男であった。

夜になってから彼は小さなプレゼントをマリヤにさし出して、おれが悪かったと詫びを入れ、マリヤの御機嫌をうかがった。彼はもうイエスのことを持ち出すことをきらい、又ひどく折檻したことを詫びる気もなかった。昔の古傷がもたげてきて、イエスのことを誤解していたことや、大恥をかかされたことを思い起こしていたからである。

ヨセフは同行しているクローパスに嘆いて言った。「イエスは時々阿呆な霊にとりつかれ、とてつもない馬鹿なことをやらかすんですよ。ナザレでは律法学者なんかにたてついて自分の馬鹿をさらけ出すんだから、始末におえないやつですよ」

クローパスは彼に意見した。「あなたは、まるで燕の羽を生やそうとする雀のような御方だ!あなたには遙か遠い彼方にまで飛んで行ける羽をつけたイエスには到底追いつけないでしょうよ。すべての点でイエスはあなたと違うからです。あとになって悔まねばならないような審判はなさらない方がよいですね」

「これから闇の中へ出発します」明仁、文仁、徳仁、悠仁が地獄に赴くという意味です(祈)†■2023年6月7日UP■
「これから闇の中へ出発します」明仁、文仁、徳仁、悠仁が地獄に赴くという意味です(祈)†
実情はそれどころではない。人間は霊界へ来たからとて地上時代といささかも変わるものではない。その好み、その偏執、その習性、その嫌悪をそのまま携えてくるのである。変わるのは肉体を棄てたということのみである。低俗なる趣味と不純なる習性をもつ魂は、肉体を棄てたからとて、その本性が変わるものではない。それは誠実にして純真なる向上心に燃える魂が死とともに俗悪なる魂に一変することがあり得ぬのと同じである。汝らがその事実を知らぬことこそわれらにとって驚異というべきである。考えてもみるがよい。純粋にして高潔なる魂が汝らの視界から消えるとともに一気に堕落することが想像できようか。しかるに汝らは、神を憎み善に背を向けて肉欲に溺れた罪深き魂も、懺悔1つにて清められて天国へ召されると説く。前者があり得ぬごとく後者も絶対にあり得ぬ。魂の成長は1日1日、一刻一刻の歩みによって築かれていくのである…続きを読む→
「行為のひとつひとつに責任を取らされます」僕の人生はやはりカルマの解消なのでは(祈)†■2023年5月3日UP■
「行為のひとつひとつに責任を取らされます」僕の人生はやはりカルマの解消なのでは(祈)†
イエスは死を超越した真一文字の使命を遂行していたのであり、磔刑(はりつけ)はその使命の中における1つの出来事に過ぎない。それが生み出す悲しみは地上の人間が理解しているような“喜び”の対照としての悲しみではなく、むしろ喜びの一要素でもある。なぜならテコの原理と同じで、その悲しみをテコ台として正しく活用すれば禍転じて福となし、神の計画を推進する事になるという事でした。悲劇をただの不幸と受止める事がいかに狭い量見であるかは、そうした悲しみの真の“価値”を理解して初めて判る事です。さてイエスは今まさに未曾有の悲劇を弟子たちにもたらさんとしておりました。もし弟子たちがその真意を理解してくれなければ、この世的なただの悲劇として終わり、弟子たちに託す使命が成就されません。そこでイエスは言いました「汝らの悲しみもやがて喜びと変わらん」と。そして遂にそうなりました…続きを読む→
「神は苦しみを用意して下さいました」んー試練にも限度があると思うのですが(祈)†■2023年3月29日UP■
「神は苦しみを用意して下さいました」んー試練にも限度があると思うのですが(祈)†
解決しなければならない問題もなく、挑むべき闘争もなく、征服すべき困難もない生活には、魂の奥に秘められた神性が開発されるチャンスはありません。悲しみも苦しみも、神性の開発のためにこそあるのです。「あなたにはもう縁のない話だからそう簡単に言えるのだ」 – こうおっしゃる方があるかも知れません。しかし私は実際にそれを体験してきたのです。何百年でなく何千年という歳月を生きてきたのです。その長い旅路を振り返った時、私はただただ宇宙を支配する神の摂理の見事さに感嘆するばかりです。1つとして偶然というものが無いのです。偶発事故というものが無いのです。すべてが不変絶対の法則によって統制されているのです。霊的な意識が芽生え、真の自我に目覚めた時、何もかも一目瞭然と分るようになります。私は宇宙を創造した力に満腔の信頼を置きます。あなた方は一体何を恐れ、また何故に神の力を信じようとしないのです。宇宙を支配する全能なる神になぜ身を委(ゆだ)ねないのです。あらゆる恐怖心、あらゆる心配の念を捨て去って神の御胸に飛び込むのです。神の心を我が心とするのです…続きを読む→

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Posted by たきざわ彰人(霊覚者)祈†