富士周辺アタック312ドアは開く

こういう画像を作ってみました、これが僕の揺るぎない本心です。何をどう頭をひっくり返しても受け入れられない状態にさせられているのです、脱出するか、死ぬか、ふたつにひとつです、残されるという選択肢は僕の中にはありません。

明日、最後の1冊が到着、それをスキャンすればスキャンという行程はほぼ終了、続いてOCR変換に集中しているところです。ほぼ77冊あります、その全てをOCR変換し終えてテキスト見直しに突入します。脱出を死んでもあきらめない。

脱出してみせる、そして帰幽後は霊団との関係を断つ。僕は全く別のカテゴリの仕事をする、コイツらの顔も見たくない。さぁ事務作業のメール本文を撃たないと。どう努力しても著作隣接権者の連絡先が分かりませんでしたのでもうやるしかないのです。霊団を永遠に許さない(祈)†

一応これで99%完成だと思うのですが、どうも気に入らないなぁ。でもリフローってこういうモノですのでしょうがないんでしょうね。最後にもう一度全体を見直して完成とします。

「シルバーバーチの霊訓12巻」再スキャン完了中GoogleドライブへのUPも完了中、4巻OCR変換完了中、このまま5~12巻まで一気にOCR変換を完了させます。最後の1冊になるかも知れない書籍が明日到着予定、それをスキャンし終えればスキャンという行程については終了という事になりそうです。

で、いつも同じ事ばかり書いて申し訳ありませんが、さらにさらに霊団への反逆、そして脱出を固く心に誓う状態となっていまして、とにかく全力の全力で脱出に向けた作業(復刊)を続行していますが、しかし現在の僕はシルバーバーチ霊の仰る「締め切られたドアを忙しく叩いてはいけません」の状態なのです。

シルバーバーチ霊の言葉を否定するつもりは一切なく、現在の僕が霊団の手によって完全に閉じ込められている状態であり、どんなに脱出の努力をしても霊団側が脱出オケーの判断を下さない限り脱出は実現しない、霊的知識に基けばそういう事になるのですが、そうも言ってられない事情が僕にはあるのです。

絶対ムリだと思いますが、シルバーバーチ霊の「締め切られたドアを叩いても開かない」という言葉を覆そうと本気で思うようになっています。死ぬ気になれば締め切られたドアも開く、という前例を作ってみせます。一生かかっても何が何でもやってやる。死んでも脱出をあきらめない。

ここまで言う理由が僕にはあるのです。どうやっても許せない事を霊団に言われているのです。僕はもうコイツらを永遠に許す事はないと思います。帰幽後、地球圏の仕事はもう絶対にしない、そして絶対に叶えられるはずがないけど地球圏から離れる、という目標をさらに固く心に誓う状態になっているのです。

詳細は長文ブログで書く、かも知れないし書かないかも知れませんが、とにかく霊団を死んでも許さない事だけは永遠に決定中。自動書記テスト、続行させていますが全く何の反応もなし、しかし続行します。自動書記で霊言が降ってくればそれを書籍化するからです。

死ぬ気になれば締め切られたドアも開く、それを証明してから帰幽する。そういうつもりで反逆続行中(祈)†

「イエスからの贈り物」これは帰幽後のお話で物質界人生は最悪という意味なのです(祈)†■2022年7月6日UP■
「イエスからの贈り物」これは帰幽後のお話で物質界人生は最悪という意味なのです(祈)†
これはまるでイエス様からの、アキトくん、ここまでよくやった、おつかれさま、という終了宣言のように聞こえます。そんな事でいいんですか、あなたたちのやる気はそんなもんですか、しょせんあなたたちは霊界上層界の人間であり、最低界である物質界がどうなろうと知った事ではないという事ですか。物質界と霊界上層界はつながっていて、物質界の無知が霊界に反映されるようになってしまって「このままでは大変な事になる、何としても大胆な手段を講じて物質界に霊的知識を普及しなければ」という事になってスピリチュアリズムを勃興させたのではないのですか…続きを読む→
「高級霊が中止などしない」僕の役割は遠大な霊界計画の0.0001%という事です(祈)†■2023年3月1日UP■
「高級霊が中止などしない」僕の役割は遠大な霊界計画の0.0001%という事です(祈)†
皆さまご存じのように2000年前のイエス様は律法学者どもの嫉妬を受けて磔刑にされ殺されました。僕は歴史に詳しくありませんが、イエス様以外にも信じられない人数の霊的使命遂行者が王などと自称する人間や、キリスト教の要職についている人間たちに徹底的に迫害され殺され続けてきました。※訳者、近藤千雄先生の著書の中にはそういった歴史の暗部を紹介しているモノがいくつかあります。何としてもそれらをテキスト化完了させ、多くの方にお読み頂ける状態にしなければなりません。物質界に使命遂行のために降誕した多くの高級霊の方々が、ことごとく軽蔑、嘲笑、迫害を受けて殉教の死を遂げています。しかし霊界側は「スピリチュアリズム勃興」という大計画まで発動し、霊的知識普及を大々的に進めてここまでやってきました。このインスピレーションは霊界側が気の遠くなる長い年月にわたって推進している霊的大事業を中止などする訳がないという意味であり、他でもないイエス様が僕などという画家くずれの人間に対して「怒涛の連続顕現」で猛烈に仕事をお願いしてきたのも、その大計画推進の道具のひとつとして僕を使用するためだった、という意味になるのです。…続きを読む→

1914年1月3日 土曜日

主イエスは黙したまましばし恍惚たる表情で立っておられた。何もかもがお美しい。やがて天使団に動きが生じた。ゆっくりと、いささかも急ぐ様子もなく、その一団が天空へ向けて上昇し、イエスを中心にして卵形に位置を取った。

後部の者は主より高く、前方の者は主の足より下方に位置している。かくして卵形が整うと、全体が一段と強烈な光輝を発し、吾々の目にはその1人1人のお姿の区別がつかぬほどになった。今や主のまわりは光輝に満ち満ちている。にもかかわらず主の光輝はそれよりさらに一段と強烈なのである。

但し、主の足もとのすぐ前方に1個所だけ繋がっていないところがある。つまり卵形の1ばん下部に隙間(すきま)が出来ているのである。

その時である。主が左手を吾々の方へ伸ばして祝福をされた。それから右手のカリスを吾々の方へ傾けると、中から色とりどりの色彩に輝く細い光の流れがこぼれ出た。それが足もとの岩に落ち、岩の表面を伝って平地へと流れ落ちて行く。

落ちながら急速に容積を増し、平地に辿りつくと一段と広がり、なおも広がり続ける。今やそれは光の大河となった。その光に無数の色彩が見える。濃い紫から淡いライラック、深紅から淡いピンク、黄褐色から黄金色等々。それらが大河のそこここで各種の混合色を作りつつ、なおも広がり行くのであった。

かくしてその流れは吾々の足もとまで来た。吾々はただその不思議さと美しさに呆然として立ちつくすのみであった。今やその広大な平野は光の湖と化した。が、吾々の身体はその中に埋没せず、その表面に立っている。だが、足もとを見つめても底の地面まで見通すことはできない。

あたかも深い深い虹色の海のような感じである。しかも吾々は地面に立つようにその表面にしっかりと立っている。が、表面は常に揺らめき、さざ波さえ立てている。それが赤、青、その他さまざまな色彩を放ちつつ吾々の足もとを洗っている。何とも不思議であり、何とも言えぬ美しさであった。

やがて判ってきたことは、その波の浴びかたが1人1人違うことであった。群集のところどころで自分が他と異るのに気づいている者がいた。そう気づいた者はすぐさま静かな深い瞑想状態に入った。側の者の目にもそれが歴然としてきた。

まず周囲の光の流れが黄金色に変わり、それがまず踝(くるぶし)を洗い、次に液体のグラスのような光の柱となって膝を洗い、さらに上昇して身体全体が光の柱に囲まれ、黄金色の輝きの真っ只中に立ちつくしているのだった。

頭部には宝石その他、それまで付いていたものに代って今や11個の星が付いている。それまた黄金色に輝いていたが、流れの黄金色より一段と強烈な輝きを発し、あたかも“選ばれし者”を飾るために、その11個の星に光が凝縮されたかのようであった。

その星の付いた冠帯が1人1人の頭部に冠せられ、両耳のうしろで留められていた。かくして冠帯を飾られた者はその輝きが表情と全身に行き亘り、他の者より一段と美しく見えるのであった。

そこで主がカリスを真っ直ぐに立てられた。と同時に流れが消えた。光の流れにおおわれていた岩も今やその岩はだを見せている。平地も次第にもとの草原の姿を現わし、ついに光の海は完全に消滅し、吾々群集は前と同じ平地の上に立っていた。

さて、その“選ばれし者”のみが最後まで光輝に包まれていたが、今はもうその光輝も消滅した。が、彼らはすでにもとの彼らではなかった。永遠に、2度ともとに戻ることはないであろう。表情には一段と霊妙さが増し、身体もまた崇高さを加え、衣装の色調もまわりの者に比して一段と明るさを加え、異った色彩を帯びていた。11個の星は相変らず光り輝いている。

包んでいた光の柱のみが今は消滅していた。その時である。“聖なる山”の神殿からもう1人の天使が姿を現わし、優しさを秘めた力強い声で、星を戴いた者はこの山の麓まで進み出るように、と言われた。それを聞いて私を含めて全員が集結し – 実は私も星を戴いた1人だったのである – そして神殿の前に立たれる主イエスのお姿を遥かに見上げながら整列した。

すると主がおよそ次のような趣旨のことを述べられた。「あなた方は託された義務をよくぞ果たされた。父なる神と余に対し、必ずしも完璧とは言いかねるが、出来るかぎりの献身を為された。

これより案内いたす高き界においても、これまでと変わらぬ献身を希望する。では、ここまで上がって来られたい。あなた方を今や遅しと待ちうける新たな館まで案内いたそう。さ、来るがよい。」

そう言われたかと思うと、すぐ前に広い階段が出来あがった。1ばん下は吾々の目の前の平野にあり、1ばん上は遥か山頂に立たれる主の足もとまで伸びている。その長い階段を吾々全員が続々と登り始めた。

数にして何万人いたであろうか。が、かなりの位置まで登って平野を見下ろして別れの手を振った時、そこにはそれに劣らぬ大群集が吾々を見上げていた。それほどその時の群集は数が多かったのである。

かくして吾々全員が神殿の前の広場に勢揃いした時、主が下に残った群集へ向けて激励と祝福を述べられた。かりに吾々と共に召されなかったことを悲しんだ者がいたとしても、私が見下ろした時は、そこには悲しみの表情は跡形もなかった。主イエス・キリストの在(ましま)すところに誰1人悲しむ者はあり得ず、ひたすらにその大いなる愛と恩寵を喜ぶのみである。

そのとき吾々と同じ神殿の前から幾人かの天使が階段を降りはじめた。そしてほぼ中途の辺りで立ち止まった。全員が同じ位置まで来ると“天に在す栄光の神”を讃える感謝の賛美歌を斉唱した。平地の群集がこれに応えて交互に斉唱し、最後は大合唱となって終わった。

聖歌隊が再び上がって来た。そして吾々と同じ場所に立った。その時はすでに階段は消滅していた。どのようにして消えたか、それは私にも判らなかった。見た時はもうすでにそこに無かったのである。

そこで主が両手をお上げになって平地の群集に祝福を与えた。群集はただ黙って頭を垂れていた。それからくるりと向きを変えられて神殿の中へとお入りになった。吾々もそのあとに続いたのであった。

「主なブログ」年度別ページ切り出し完了中。自分を助けるための作業となります(祈)†■2021年12月16日UP■
「主なブログ」年度別ページ切り出し完了中。自分を助けるための作業となります(祈)†
この作業、ずっとやらなきゃやらなきゃと思っていて全然着手できなかったもので(スンゴイ億劫だったため)ようやくこのようにまとめる事ができました。アナログ絵の固定ページを分割したのと基本的に仕組みは一緒です。トップページを設けてそこから個別ページに飛ばすようにする事によって更新作業を簡略化させて使命遂行の殺人的忙しさから自分を守るのが目的です…続きを読む→
「物質界に無数の光を照らしております」この言葉の通りなら僕も嬉しいのですが(祈)†■2022年1月19日UP■
「物質界に無数の光を照らしております」この言葉の通りなら僕も嬉しいのですが(祈)†
「神のご意志を物質界に送り届ける仕事」となりますから、その重大性は言語に絶するレベルとなります。霊団の「もう身勝手は許されません」の警告は、僕がこれまで何度となく幼稚、小我から反逆を繰り返してきた事に対する「アキトくん、これからはもうそのようなワガママは許されなくなる、重大性が桁違いだからだ」という意味となり、それは僕も激しく了解するところです。もし霊団が言っている通りになるのだとしたら、現在物質界に存在する霊界通信よりさらに進んだ内容の霊言を霊団が降らせてくる事になり、その霊言を物質界全土に広める事は「神のご意志を遂行する大中心の中の大中心の仕事」という事になり…続きを読む→