「シルバーバーチの霊訓」より→「牧師「この世になぜ多くの苦しみがあるのでしょうか」神の真理を悟るには苦を体験するしかないからです。苦しい体験の試練を経てはじめて人間世界を支配している摂理が理解できるのです」

「シルバーバーチの霊訓」より→「筆者の知る限りでは高級霊ほど勇気をもって俗世を生き抜く事の大切さを説いている。イエスのいう「俗世にあってしかも俗人となるなかれ」である。このちっぽけな天体上の数十年の物的生活による汚れを恐れていてどうなろう」

「世界心霊宝典1 霊訓」より→「全存在のホンのひとかけらにほどに過ぎぬ地上生活にあっては、取り損ねたら最後二度と取り返しがつかぬというほど大事なものは有り得ぬ。汝ら人間は視野も知識も人間であるが故の宿命的な限界によって拘束されている」

「世界心霊宝典1 霊訓」より→「ここに至る者は危険この上なき状態にあると言わねばならぬ。もはや背後霊は恐怖におののきてその場を逃れる。その雰囲気に息が詰まるのである。すると代わって別の霊達が群がり寄る。かつて地上で同じ悪癖に身を滅ぼした者たちである」

「世界心霊宝典1 霊訓」より→「肉体が滅んでも彼は相変わらずかつての快楽を求めて行きつけの店をうろつく。そしてそこに屯する同類の飲んだくれに憑依して再び酒色に耽る。都会に軒を連ねる酒場、哀れなる道楽者の屯す悪徳の巣窟にはかつて同じように酒色と悪徳に耽りたる霊がうろつき回る」

「世界心霊宝典1 霊訓」より→「彼らは地上で飲んだくれの生活を送った。それを今また繰り返し、のみならず、そこに通いつめる人間を深みに引きずり込んでは、してやったりとほくそ笑む。汝がもしその邪霊の群がる場を一目見れば、悪のはびこる謎の一端を知る事ができるであろう」

「世界心霊宝典1 霊訓」より→「人間を次々と破滅へ追いやっては彼らと同じ惨めな境遇にまで引きずり下ろす事に快感を味わうのである。その者は肉体から離れると地上よりさらに下層の境涯に引き寄せられていく。そして肉体を失いし後もなお消えやらぬ激しき情念と酒色に耽るのである」

「世界心霊宝典1 霊訓」より→「地縛の霊たちは地上時代の肉体的欲望と性向とを多分に残している。それを直接感識する器官は既にないが欲求だけは消えぬ。飲んだくれは相変わらず酒と性の味が忘れられぬ。否、むしろ一段と強められる。いくら耽っても満足を得る事ができぬためである」

「世界心霊宝典1 霊訓」より→「魂の中に欲望の炎が燃えさかる。その欲望に駆られてかつての通いつめた悪徳の巣窟へと引きつけられ、そこで快楽に耽る人間に取り憑き、その者の堕落を一層深めていく。かくして再び地上生活を味わい、同時にその人間が深みにはまり行くのを見てほくそ笑む」

「世界心霊宝典1 霊訓」より→「悪徳が引き継がれ罪悪と悲しみを生み続ける。魂を奪われたその哀れなる者は目に見えぬ悪の使者に駆り立てられ、泥沼に深く深く沈んでいく。家では妻と子が飢えと悲しみに言葉もなく打ち暮れている。その周りを打つべき手を全て失いたる守護霊が為す術もなく徘徊する」

「世界心霊宝典1 霊訓」より→「一度酒色に溺れし者の更生が困難であるのは、かくの如くに悪徳の悪循環が行われているためである。その悪循環を断ち切る方法は人類全体の道徳的意識の高揚と物的生活の向上に俟つほかはない。それにはまず、より垢抜けした真実の霊的知識の普及が必要である」

「シルバーバーチの霊訓」より→「地上に苦難がなければ人間は正していくべきものへ注意を向ける事ができません。痛みや苦しみや邪悪が存在するのは神の分霊であるところのあなた方人間がそれを克服していく方法を学ぶためです」

「シルバーバーチの霊訓」より→「神に仕える身である事を自認しながら、その本来の責務を果たしていない方がいらっしゃいます。ただ壇上に上がって意味もない話をしゃべりまくっているだけです」

「シルバーバーチの霊訓」より→「あなたが自らを神の手にゆだね、神の貯蔵庫からインスピレーションを頂戴すべく魂の扉を開かれれば、古の予言者たちを鼓舞したのと同じ霊力によってあなたの魂が満たされるのです」

「シルバーバーチの霊訓」より→「私はこちらの世界で後悔している牧師にたくさん会っております。みなさん地上での人生を振り返って自分が本当の霊のメッセージを説かなかった事、聖書や用語や教説にばかりこだわって実践をおろそかにした事を自覚するのです」

「シルバーバーチの霊訓」より→「人間は霊的に成長する事を目的としてこの世に生まれてくるのです。成長また成長と、いつまでたっても成長の連続です。それはこちらへ来てからも同じです」

「シルバーバーチの霊訓」より→「誰の手も届かないところに祭り上げたらイエスさまが喜ばれると思うのは大間違いです。イエスもやはり我々と同じ人の子だったと見る方がよほど喜ばれるはずです。自分だけ超然とした位置に留まる事はイエスは喜びません」

「シルバーバーチの霊訓」より→「人類と共に喜び、共に苦しむ事を望まれます。一つの生き方の手本を示しておられるのです。イエスが行った事は誰にでもできる事ばかりなのです。誰もついていけないような人物だったら、せっかく地上へ降りた事が無駄だった事になります」

「シルバーバーチの霊訓」より→「神の摂理は絶対ごまかせません。傍若無人の人生を送った人間が死に際の改心でいっぺんに立派な霊になれるとお思いですか。魂の奥深くまで染み込んだ汚れがそれくらいの事で一度に洗い落とせると思われますか」

「シルバーバーチの霊訓」より→「無欲と滅私の奉仕的生活を送ってきた人間と、わがままで心の修養を一切おろそかにしてきた人間とを同列に並べて論じられるとお考えですか。“すみませんでした”の一言で全てが赦されるとしたら、果たして神は公正であるといえるでしょうか。いかがですか」

「シルバーバーチの霊訓」より→「その人は善い事をする自由も悪い事をする自由もあったのを、あえて悪い方を選んだ。自分で選んだのです。ならばその結果に対して責任を取らなくてはいけません。元に戻す努力をしなくてはいけません」

「シルバーバーチの霊訓」より→「大きな過ちを犯し、それを神妙に告白する、それは心の安らぎにはなるかも知れませんが罪を犯したという事実そのものはいささかも変わりません。神の理法に照らしてその歪みを正すまでは罪は相変わらず罪として残っております」

「シルバーバーチの霊訓」より→「聖書に書かれている言葉を全部イエスが実際に言ったとは限らないのです。そのうちの多くはのちの人が書き加えたものなのです。あの二千年前のイエスを導いてあれほどの偉大な人物にしたのと同じ霊、同じインスピレーションが二千年後の今も働いているのです」

読み返して精度を高めてからのUPとなります。間もなくプロセス実行。間もなくプロセス実行(祈)†

ボリュームは少なめですがブログネタはありますので何とか書けそうです。霊団にしては珍しくだいぶ前向きな内容で逆に裏読みしたくもなりますが、まぁ明日は霊団が降らせたインスピレーションをまっすぐに説明してみましょう(祈)†

霊団から少ないながら一応ブログネタが降っていますので、山のアタック帰還後にブログを書く事になります。フラー11本体デザイン60%完成中。こちらも一気に進めましょう(祈)†

「シルバーバーチの霊訓」より→「人間にとって悪に思え苦痛に思えるものも進化の計画に組み込まれた要素なのです。痛みがなければ健康に注意させる警告がない事になります。暗闇がなければ光もありません。地上にもし悪が存在しなければ、何を基準に善を判断するのでしょうか」

「シルバーバーチの霊訓」より→「進化の階段を登れば登るほど改めるべきものを意識するようになるものだからです。私が進化は永遠ですと言い、宇宙には始まりも終わりもありませんと申し上げるのはそのためです。向上の道に終点はありません。無限に続くのです」

「シルバーバーチの霊訓」より→「人生は一本調子ではありません。光と影、晴天と嵐、喜びと悲しみ、愛と憎しみ、美と醜、善と悪の双方が揃わなくてはなりません。人生はそうした比較対照を通じてのみ理解できるものだからです」

「シルバーバーチの霊訓」より→「闘争を通して、奮闘を通して、逆境の克服を通してはじめて神性を宿した人間の霊が芽を出し、潜在する様々な可能性が発揮されるのです。そういう摂理になっているのです」

「シルバーバーチの霊訓」より→「人間的存在としての神は人間が拵えた概念以外には存在しません。人間的存在としての悪魔も人間が発明した概念以外には存在しません。黄金色に輝く天国も火焔もうもうたる地獄も存在しません。そうしたものは全て視野を限られた人間の想像的産物にすぎません」

「シルバーバーチの霊訓」より→「私はキリスト教の神学は人類にとって大きな呪いであったと思っています。しかし、その呪われた時代も事実上終わりました」

「シルバーバーチの霊訓」より→「牧師「死んだ時は恐怖感はありませんでしたか」ありません。私たちインディアンは霊覚が発達しており、死が恐ろしいものでない事を知っておりましたから」

「シルバーバーチの霊訓」より→「宇宙は究極的には神とつながった一大連動装置によって動かされており、一番低い地上の世界も、あなた方のおっしゃる天使の世界とつながっております。どんなに悪い人間もダメな人間も、あなた方のいう神、私のいう大霊と結ばれているのです」

「シルバーバーチの霊訓」より→「罪にもいろいろありますが、最大の罪は神への反逆でしょう。質問者「その点を具体的に述べてください」神の存在を知りつつもなおそれを無視した生き方をしている人々。そういう人々が犯す罪が一番大きいでしょう」

「シルバーバーチの霊訓」より→「蒔いたタネは自分で刈り取るのです。これだけは変える事ができません。今のあなたそのままを携えてこちらへ参ります。自分はこうだと信じているもの、人からこう見てもらいたいと願っていたものではなく、内部のあなた、真実のあなただけがこちらへ参ります」

「シルバーバーチの霊訓」より→「私はレッドインディアンです。米国北西部の山脈の中で暮らしていました。あなた方のおっしゃる野蛮人という訳です。しかし私はこれまで、西洋人の世界に三千年前の我々インディアンより遥かに多くの野蛮的行為と残忍さと無知とを見てきております」

「シルバーバーチの霊訓」より→「一番残念に思う事は、やるべき事をやらずに終わった事です。きちんと成し遂げた事、やるべきだったのにやらなかった事、そうした事が逐一わかります。逃がしてしまったチャンスがいくつもあった事を知って後悔するわけです」

「シルバーバーチの霊訓」より→「主よ、主よ、と何かというと主を口にする事が信仰ではありません。大切なのは主の心に叶った行いです。それが全てです。口にする言葉や心に信じる事ではありません。頭で考える事でもありません。実際の行為です」

「シルバーバーチの霊訓」より→「何一つ信仰というものを持っていなくても、落ち込んでいる人の心を元気づけ、飢える人にパンを与え、暗闇にいる人の心に光を灯してあげる行為をすれば、その人こそ神の心に叶った人です」

「シルバーバーチの霊訓」より→「聖書の原典はご存知のあのバチカン宮殿に仕舞い込まれて以来一度も外に出された事が無いのです。あなた方がバイブルと呼んでいるものは、その原典の写しの写しの、そのまた写しなのです。おまけに原典にないものまでいろいろと書き加えられております」

霊団からの「ブログ最優先」のインスピレーションを受け、早くしなければと思っていたSSL化を実行してみました。SSL化したWordPressアドレスはこちらです↓
akito-takizawa.com/
「s」がついてない旧アドレス
akito-takizawa.com/
↑こちらでアクセスしても「https://」の方に自動でリダイレクトされるようになっています。僕の方のテストでは成功していますが皆さまはいかがでしょうか、httpsの方でご覧頂く事ができているでしょうか。これで以前から宜しくないと考えていた、僕のWordPressを開くと警告が出てしまう問題を解決できたと思います。これによってさらに多くの方にブログをご覧頂く事ができ、強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁の邪悪の正体を日本国民の皆さまに正しくご理解頂ける一助となる事を強く信じます(祈)†

腕(プティットフラー)はできてます、あとは足、コクピットブロック、顔、花びらのデザインです。霊団が止めてこなければ一気に行きましょう(祈)†

WordPress固定ページ「MP3」
wp.me/Pa9cvW-2gY

サーバ移転に伴いURLが変更になったMP3を一気にリスト化してみました。イヤイヤイヤイヤイヤ…まだまだ話しますよ~(祈)†
WordPress
bit.ly/2vD1bfk
↑まずはこのブログの内容をそのまま挿入しましたが、このブログ以降にUPしたMP3もありますので、これから順次作り替えていく事になるかも知れません。今後MP3の管理はこの固定ページ内で完結させるのがいいかも知れません(祈)†

山を愛する霊覚者・たきざわ彰人(アキト)祈†
note(MP3)
bit.ly/2KCEOz0

サーバ移転に伴いURLが変更になったMP3を一気にリスト化してみました。イヤイヤイヤイヤイヤ…まだまだ話しますよ~(祈)†
WordPress
bit.ly/2vD1bfk

「シルバーバーチの霊訓」より→「ナザレのイエスは今どういう仕事に携わっているのか。交霊会でシルバーバーチは、イエスは今すっかり教義とドグマと権力という雑草に覆われてしまった霊的真理の本来の姿をいま一度明らかにするための霊界からの地球規模の働きかけの最高責任者であると述べた」

「シルバーバーチの霊訓」より→「真の宗教には儀式も祭礼も、美しい歌唱も詠唱も、きらびやかな装飾も豪華な衣装も式服も不要です。宗教とは自分を役立てる事です。同胞のために自分を役立てる事によって神に奉仕する事です。私はこれまでその事を何度申し上げてきた事でしょう」

「シルバーバーチの霊訓」より→「誤解され、崇められ、今や神の座にまつり上げられてしまったイエスは今どこにおられると思われますか。カンタベリー大聖堂でも、セントポール寺院でも、ウェストミンスター寺院でもありません。実はそうした建物がイエスを追い出してしまったのです」

「シルバーバーチの霊訓」より→「そうした建物がイエスを近づき難い存在とし、人類の手の届かぬ所に置いてしまったのです。神の座にまつり上げてしまったのです。単純な真理を寓話と神話を土台とした教義の中に混ぜ合わせてしまい、イエスを手の届かぬ存在としてしまったのです」

「シルバーバーチの霊訓」より→「シルバーバーチによると、イエスは年二回、イースターとクリスマスに行われる指導霊ばかりの会議を主催しているようである。時折その前後の交霊会で会議の様子を説明してくれる事がある。次に紹介するのは休暇に入る前の最後の交霊会での霊言である」

「シルバーバーチの霊訓」より→「その会合において私はかつての私の栄光の幾つかを再び味わってまいりました。地上世界の改善と進歩のために奮闘している同志たち、人類の福祉のために必要な改革の促進に情熱を傾ける同志たちによる会議に私も参加を許されました」

「シルバーバーチの霊訓」より→「これまでの成果が事細かに検討され、どこまで成功しどの点が失敗しているかが明らかにされ、そこで新たに計画が立て直され、これから先の仕事、地上人類の進化の現段階において必要な真理を普及させる上で為さねばならない仕事のプログラムが組まれました」

「シルバーバーチの霊訓」より→「どうか常に希望と勇気を失わないで頂きたい。冬の雪は絶望をもたらしますが、再び春がくれば大自然は装いを新たに微笑みかけてくれます。希望に胸を膨らませ、勇気を持ってください。いかに暗い夜にも必ず登りゆく太陽の到来を告げる夜明けが訪れるものです」

「シルバーバーチの霊訓」より→「完全が存在する一方には不完全も存在します。が、その不完全も完全の種子を宿しております。完全も不完全から生まれるのです。完全は完全から生まれるのではありません。不完全から生まれるのです」

「シルバーバーチの霊訓」より→「生きるという事は進化する事です。前に向かって進む事であり、上へ向かって努力する事であり、発達であり開発であり発展であり進展です。あなた方のおっしゃる善も悪もその進化の行程における途中の階梯にすぎません」

「シルバーバーチの霊訓」より→「地震、嵐、稲妻、こうしたものの存在が地上の人間の頭脳を悩ませている事は私も承知しております。しかしそれらもみな宇宙の現象の一部です。天体そのものも進化しているのです。この天体上で生を営んでいる生命が進化しているのと同じです」

「シルバーバーチの霊訓」より→「物質の世界は完全からはほど遠い存在です。そしてその完全はいつまでも達成される事はありません。より高く、あくまでも高く進化していくものだからです」

「シルバーバーチの霊訓」より→「忘れてならないのは地球も進化しているという事です。地震もカミナリも進化のしるしです。地球は火焔と嵐の中で誕生し、今なお完成へ向けて徐々に進化している最中です」

「シルバーバーチの霊訓」より→「日没と日の出の美しさ、夜空のきらめく星座、楽しい小鳥のさえずりは神のもので、嵐や稲妻や雷鳴や大雨は神のものではないなどと言う事は許されません。すべては神の法則によって営まれている事です」

「シルバーバーチの霊訓」より→「ハエに世の中の事が分かるでしょうか。魚が鳥の生活を理解できるでしょうか。犬が人間のような理性的思考ができるでしょうか。星が虚空を理解できるでしょうか。全ての存在を超えた神をあなた方が理解できないのは理の当然です」

「シルバーバーチの霊訓」より→「要するに、すべての存在がより一層の顕現を求めて絶え間なく努力しているのです。前に私は、原石を砕きながらコツコツと宝石を磨いているのが人生だと申し上げたつもりです。原石はいらない、宝石だけくれ、というムシのいい話は許されません」

「シルバーバーチの霊訓」より→「あなたは完全な光をお持ちです。ですが、それを磨きの悪い鏡に反射させれば完全な光は返ってきません。それを、光が不完全だ、光は悪だとは言えないでしょう。まだ内部の完全性を発揮するまでに進化していないというに過ぎません」

「シルバーバーチの霊訓」より→「あなた方が憎しみと呼んでいるものは未熟な魂の表現にすぎません。その魂も完全な法則の中に存在しておりますが、現段階においては判断が歪み、正しく使用すれば愛となるべき性質を最低の形で表現しているまでの事です。愛と憎しみは表裏一体です」

「シルバーバーチの霊訓」より→「たとえば、もしも日向にばかりいたら日光の有難さは分からないでしょう。時には曇りの日があるから太陽の有難さが分かるのです。人生も同じです。苦しみを味わえばこそ幸せの味が分かるのです。病気になってみてはじめて健康の有難さが分かるのです」

「シルバーバーチの霊訓」より→「私は悪とは同じエネルギーの用途を誤まっている事だから許すべきではないという考え方をとります。あなたが悪い奴らと思っている人間は未熟な人間という事です。その人たちが表現しているエネルギーは成長と改善のためにも使用できるのです」

「シルバーバーチの霊訓」より→「自分から“悪人になってやろう”“利己主義者になってやろう”と思って悪人や利己主義者になる人間はめったにいるものではありません。“悪い人間”というのは霊的成長における幼児なのです。聞き分けのない子供みたいなものです」

「シルバーバーチの霊訓」より→「目に見え手に触れるものだけが全てと考え、従って物的世界が提供するものを全て所有する事によってしか自分の存在を主張できない人間なのです。利己主義とは、利他主義が方角を間違えたにすぎません」

「シルバーバーチの霊訓」より→「善なるもの、聖なるもの、美なるもの、愛、叡智、その他人生の明るい側面だけに神が宿っているかに考える旧式の思想は棄てなければいけません」

「シルバーバーチの霊訓」より→「神を、右手にナザレのイエスを従えて玉座に坐している立派な王様のように想像するのはそろそろやめなければなりません。それはもはや過去の幼稚な概念です。宇宙全体、雄大な千変万化の諸相の一つ一つ至るまで絶対的な法則が支配しているのです」