【4/15】霊界通信 ベールの彼方の生活 3巻 「天界の政庁」篇 4 生命の気流

1917年11月10日 土曜日

“天界からお声が掛かる” – あなたと私がまさにそれです。私があなたに呼びかけると私は上層界の方から呼びかけられ、その方たちはさらに上層界の神霊からお声が掛かり、かくして最後は、かの遠き昔、父なる神より呼ばれて薄暗き地上へと派遣された主イエスにまでたどり着きます。

私たちが絶大なる確信を抱くことができる根拠は実に、霊力乏しき低地の者へその強力な霊力をお授(さず)けくださる崇高なる神霊から“お声が掛かる”という事実にあります。

“下界へ参れ”との命を受けるということは、これはもうただ事ではないのです。下界へ向けて歩を進めるにつれて環境も私たちの身体も次第に光輝を失っていき、いよいよ地上界へたどり着いた時には、あたりを見極めることが容易でないほどの状態となっています。

が、それも初めのうちだけです。次第に目が地上の波長に慣れてきて、やがて見えるようになります。これを繰り返すことによって、ますます容易になります。もっとも、そのこと自体は少しも有難いことではありません。有難いのは、そうなることによって地上で仕事が出来るということです。

と言うのは、私たちの目に映る地上の光景はおよそ楽しいものではなく、一時もはやく自分の界層(くに)へ帰りたい気持に駆(か)られます。その意味でも前回お話した水辺の景色や施設が有難く望ましいものであるばかりでなく、私たちの仕事にとって絶対に不可欠のものなのです。

これに関連して、もう1つお話しなければならない機能があります。それは、その“憩の里”には上層界から送られてきた生命力が蓄(たくわ)えられていて、それが気流となってその里一帯を流れており、必要な者に存分に与えられるということです。私たちがいざ地上へ向う時は途中でこの里に立ち寄り、その気流に身を浸(ひた)して体力と活力を摂取します。

地上に近づいた時に必ずしもその効力を実感しませんが、実際には澎湃(ほうはい)として身辺を洗い、身体に滲(し)み込んでいます。そして、ちょうど海中に潜(もぐ)っているダイバーが海上から送られる空気で生命を維持するように、私たちを支(ささ)えています。

自由で広大な海上からの光が届かぬ海底は薄暗く、水という鈍重な要素のために動きが重々しくなりますが、私たちもこうして地上に降りている間はまったく同じ条件下にあります。

ですから、聞いてもらいたいことがうまく述べられなかったり、用語を間違えたり、通信内容に不自然なところがあっても、どうかそれは大目に見ていただき、決して邪霊に騙(だま)されているかに思わないでいただきたいのです。

潜水服に身を固められたダイバーが水中で別のダイバーに話しかけている図でも想像してみてください。私たちベールのこちら側にいる者にとって、それがいかに根気とたゆまぬ努力を要することであるか、まして人間の言い分に耳を傾けることは尚のこと根気のいるものであることが、これで理解していただけるでしょう。

ですが同時に、この地上での仕事を終え、くるりと向きを変えて天界へ上昇して行くと、そうした不自由を味わっただけ、それだけ遠き“憩の里”から流れてくる生命の気流をいち早く感じ取ることにもなります。

生命力の波動が再び身辺を洗います。疲れた頬(ほほ)に心地よく当たります。くすんでいた飾りの宝石も次第に本来の輝きを取り戻します。衣服は一段と明るい色調に輝き、髪は光沢を増し、目から疲れと暗さが消え、そして何よりも有難いのは、私たちの耳に神のお召しのメロディが聞こえはじめ、次第に明瞭さを増していくことです。

それは、神の蔵に蓄えるべき如何なる収穫を得たかをお確かめになるために、私たちを“収穫の祝宴”に招いてくださっているのです。さて、これ以上お引き留めするのはやめましょう。あなたは一刻の遅れも許されない大切なお仕事が進行中であることは私にもよく分かっております。

あと1つだけ添えましょう。それは、こうしてあなたに呼びかける私たちとあなたとの間に再び懐疑の念が頭をもたげていることです。ですが、このたびの通信があなたご自身から出たものでないことは確かでしよう。

– どうすればそれが私に納得できますか。

忍耐あるのみです。それが進歩を確かなものとし、確信を深めるのです。おやすみなさい。安らぎのあらんことを。カスリーン並びに他の通信霊より慎んで申し上げます。

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Posted by たきざわ彰人(霊覚者)祈†